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2014年02月03日

人の心の中の「カルト教祖」

僕は、人の話を聞かず独善的で自己中心的な輩が嫌いだ。

現実を把握しようとする前に、
人の話、その真意を、よく理解しようとする前に、
「私はこう思う」一辺倒で、自分の思いや考えをごり押しする輩が嫌いだ。

自分の思いが現実の全てです…とでもいうつもりなのだろうか、
神にでもなったつもりなのだろうか。


自分の思い(認識)と現実の間には、必ずズレがある。

認識と現実との間に横たわるズレを
修正していく努力をしない、
そもそもズレていることにすら気付かない人って、
本質的に麻原彰晃とか小島露観とかと大差ないと思う。

彼らカルト教祖は、自分の思いこそが全てであり、
現実は自分の思いに従属すると思ってるから、

地下鉄にサリンを撒いたり、
変態じみたエロ儀式をやったりできたのだ。


人は、無自覚なままに、心の中にそうした
「カルトの教祖」的な何かを
飼っていたりするものなのかもしれない。

だからこそ、カルトに同調して惹かれて
ふらりふら〜りと入って、
意気揚々と信者になっちゃったりするのだね。

そして、カルトの後押しを得て強化された「自分の思い」をごり押しして、
現実を、周囲の人間関係を、自らボロボロと壊していく。


カルトは、その反社会性や特殊性について、色々と語られることが多い。
でもその反面、それは明らかに「人が作り上げたもの」でもあるのだ。

「バカと紙一重の天才」とは程遠い「フツーの人間」が、
教義に後押しされながら自意識をたっぷりと肥え太らせて、
特別になったような錯覚にどっぷりと浸かり、
引き起こされる喜劇的な悲劇…

それがカルトの側面である。


カルトに関わらずとも、
自意識を肥え太らせて、
色んな権威的な何かをカサに着て、

現実を、周囲の人間関係を無視して、
サリンの代わりに「白けた空気」を撒き散らす、
「信者のいないカルト教祖」になっちゃってる人もいる。


僕らが、ホントの意味でカルトと縁を切りたいと思うのなら…

ひとりふたりじゃなくて、
周囲の色んな人の言葉をよく聞こう、
その真意を把握するように心がけよう。

目の前の現実はどうなっているのか、
色んな角度から把握し、観察するようにしよう。

自分の意見に自信があるのなら、
必ずしもゴリゴリ主張する必要なんてない、
人の話を聞いてから、後出しで充分だ。

意見を後出しにしたほうが、
自分以外の色んな視点が踏まえられ、
より深みを増し、ブラッシュアップされるものだから。


webの発達のおかげで、
簡単に自分の意見をセカイに主張できるこの時代。

自己主張に馴れ過ぎた僕らは、
自分の独善性に気付けぬまま、
知らず知らずのうちに、
「信者のいないカルト教祖」になっているのかもしれない。

用心したい、と思う。





posted by Riot at 22:57| Comment(3) | 徒然語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
失礼致します。
 この記事の内容のコメントにふさわしいかどうかと言うと違うかもしれませんが、

 貴方の、生の行動、経験と思考の中から産まれた(絞り出されたというべきか、時として悲痛ささえ滲む魂のさけびにも感じられるが、)

 実感を伴った述懐。

 私の心に響きます。有難うございます。

 「現実」は、その人の思いや倫理や常識を含む価値判断等でデコレーションされる前の、
「ただ、あるがままそのようにあるだけ」
ですものね。
 何処まで行っても捉えきれないものかもしれませんが、せめて、いろんな角度から把握しようと言う事を積み重ねていこう。
Posted by 絵描き at 2014年02月08日 23:23
 度々失礼致します。

 昨日、私の心に響くと、書きましたが、
「突き刺さる」と、言い変えたいと思います。
(別に深刻になっているのではないです。)

 改めて、「お前の場合はどうなのか」と、聞かれると、「少なくとも私は違う」なんてとても言えない。

 客観性を持つというのは、注意深く日々の積み重ねが必要そうです。
 一方、根拠のない自己肯定感、自信、のある人の生き様の力強さも否定しません。
良い感じにミックスされればいいですね。

 或はカルト宗教の教祖の様なタイプは、自己肯定感より、逆に疎外された劣等感から、かえってゴリゴリと、人の話を聞かず主張するのかもしれません。
Posted by 絵描き at 2014年02月09日 23:36
>絵描きさん

そう、「ただ、在るだけ」それでいいと思うのです。
それが一番ラクですし、力強く、確かな結果をもたらすものですから。

その「ただ在るだけ」が難しかったりするのも人間だったりするのですが、色々ゴチャゴチャ悩んだり悩まなかったり、喜怒哀楽を繰り返したりしながら、「どんな自分が一番ラクで、どんな風になれば満足できるのか」に気付いていけばいいかな、と思います。

絵描きさんみたいに、他人の意見や考えを聞いて(良くも悪しくも)しっかり悩んで立ち止まって考える人は、「カルト教祖」にはならないでしょう。
世の中には、周囲の人の意見や考えを右から左に聞き流して、自分の感情的な意見ばかりを無遠慮に垂れ流す残念な輩がおりまして…そういう人が「カルト教祖と一緒だよな」と思うわけです。

残念なことに、ザインと現在関わっている人だけではなく、ザインと関わりを絶とうとしている人や、ザインを既に辞めた人にも、こういう方がたまにいらっしゃいます。

ザインと離れても、ザインと敵対的な立場をとるようになっても、本質的には「ザインにハマッてた自分」と全く変わっていない、成長していないということに、当人達は気付いていないし、気付くこと自体を強く拒否するのですね。嘆かわしいことです。

皆が「現実を色んな角度から把握できるようになる」ことは無理なのかもしれませんが…少なくとも僕や絵描きさんは、そのように努力しているはずですし、少しずつでもそうなっていけたらいいなと思うものです。
Posted by Riot@管理人 at 2014年02月16日 02:02
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