[PR] サメ軟骨 ザイン・ザイクス・株式会社シリウス・天業古代王朝の、核石・聖品・実態・体験談 〜zynekiller通信

2006年10月03日

今回の「週刊現代」記事に関して

 久しぶりに、エロ系・アングラ系以外のメディアがザイクスを取り上げましたが、ザイクス側も昨年の騒ぎで慣れたのでしょう、現在のところとくに目立った動きは見られないようですね。

●DVDの強制購入ですが、事実を整理しておきましょう。
 私の知るところによりますと、「竜神列島」チャージ盤を1枚購入、チャージなし盤を10枚購入が義務となっているとのことです。
 さらに、あの退屈極まりない「Thunderbolt」のチャージなし盤も10枚購入せよ、との指示が出ている…という噂も入ってきております。
 このDVDだけで96000円は落としてくれよ、というのがザイクスの火竜師団、風竜師団に課せられた義務です。

●2chの書き込みを見て、意見を述べたくなったので。

>それと、何気に週刊現代のスタンスって気になるな。
>ザインを批判しているような文脈でいながら、ザインの広報に協力しているような風にも見える。


 週刊誌の性質上、より刺激的に書かざるを得ない面もあります。記者が個人的に思ったこと全てが記事になるわけではなく、読者のニーズにある程度合わせた記事となるのは致し方のないことだと私は考えております。
 お祭り騒ぎが大好きな商業ジャーナリズム、恨みつらみを吐き捨て、現会員と比べて自分の優位性をひけらかす2ch住人… 世の中には色々な人間がいて、色々な意見があります。それにいちいち茶々を入れたり腹を立てたりしてもしょうがないですね。
 他人の足を引っ張ったり、腹を立てたりしても始まりません。私は私の立場を貫くのみ、です。
posted by Riot at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

大金を得た後の「使い道」

 何だかんだでお久し振りです。サイトどころかブログも放置してしまっているにも関わらず、たまに覗きに来て下さる方がいるのは有難いことです。
 仕事のほか、個人的にやりたいことなどもあり、なかなか更新がままなりませんが、ザイクスへの関心は捨てておりませんし、ご相談には可能な限りお答えしていく所存でございます。
 今後もよろしくお願いいたします。

 さて、本題に移りましょう。
 ザイクス(ザイン)のパワーグッズを買った人の中で、実際に宝くじが当たった方がおります。槍城練挺をはじめとするザイクス社員は、そういう「少数の例」を引き合いに出し、「聖品は実際に効果があるんですよ♪」と喧伝しています。

 実にバカげた話です。

 皆様ご存知の通り、このように実際に高額な収入があった例は少ないです。ほとんどの人は、マインドコントロールの中、たまたま少しばかりのお金を拾ったくらいで大喜びしてみたり、一時的に家計簿をつけて悦に浸ったり…と、「効果を出した気になっている」というのが実情です。
 それどころか、ここ1〜2年のザイクス(ザイン)の営業は熾烈を極め、こうした臨時収入も「聖品を買え!」もしくは「滞納を支払え!!」と強く言われ、結局掠め取られてしまう有様です。惨いですね。

 大金を得れば得るほど、その使い道が問題になると私は思います。
 私の愛読書のひとつ「週末でお金持ちになる!」では、いきなり宝くじに当選した人を「トラック運転手が、操縦したことも無い飛行機のコクピットに入れられ、『ニューヨークからロサンゼルスまで行ってくれるか?』と言われるようなものだ」と書いております。大金を得て、ろくにモノを考えずいい気になって散財していると、破産かそれに近い状態になってしまう、というわけです。
 悲しいことに、(私も含めて)人間は弱い生き物です。甘い誘惑の罠を断ち切り、自分にとってベストの選択をし続けることは、並大抵のことでは出来ません。
 私達が豊かになるためには、そしてその豊かさを維持していくためには「お金への意識」を変えなければなりません。しかしザイクスは、お金をどう使うかとか、お金の有り難味に関してはどうでもいいわけです。(そういう手合いはザイクスだけではなく、世の中にはいくらでもおります、実に嘆かわしい)
 本当に薄っぺらい。

 現会員が本当に豊かになるためには、小島の作文の替わりに、お金に関するビジネス書を読んだほうがいいですね。
posted by Riot at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

聞く耳はあるはずだ

 前回の投稿は勿論のこと、これまで一貫してそうなのですが、ザイン側は外部の声に対しては耳を塞ぎ、徹底してシャットアウトする動きをしておりますね。私が在籍していた当時からそういう感じはあったのですが、マスコミに取り上げられた失地を回復すべくネット上でブログを展開している現在、ますますそういう傾向があります。特に現役軍士は皆私のサイトの存在を認知しているから、なおのこと「聞く耳持たずの石頭」になっているのでしょう。

 しかし私は思うのです。
 果たして、ザイン側の状況は今後も変わらないといえるのでしょうか。
 私の知る限り、多くの会員(特に軍士)は多額の借金をし、滞納者も多いようです。修練に行く際の交通費も出せないくらい経済的に困窮している…という話も耳にしました。このどうしても支払えない負債をどうにかするために、契約解除や自己破産といった法的な行動に出る会員が、今後は間違いなく増えるでしょう。
 そうなって初めて、私の話に耳を傾けてくれる方も出てくるのではないか、と思うのです。
 私は弁護士でも司法書士でもありませんが、私のサイトでも、今後に備えザインに対して取り得る法的措置に関して、もう少し大きく取り上げる必要がありますね。今はダメでも、その時になればきっと聞く耳を持ってくれるはずです!
posted by Riot at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

怨念から自由になろう

 今回は、特に現役のザイン(ザイクス)会員の方に読んでいただきたいです。

 ザインに限った話ではありませんが、カルトの指導者はいつも「世の中は間違っている」「世界が滅びる」などとぶち上げます。目の前の現実を全て否定してかかり、同じように現実を受け入れられない人々を焚きつけ、信者にしてゆくのです。

 しかし私は思うのですが、現実ってそんなに惨いものなんでしょうかね?
 世の中は確かにろくでもないことも多いですが、そう捨てたものでもないと私は思うのです。どんなひどい出来事に遭っても、自分の受け取り方次第でプラスに転換できますし、所詮他人は他人、その考え方を変えるのはたやすいものではありません。世の現実も然り、世の不条理をいくら嘆いても何も始まりません。

 人や世や運命の不条理に憤りザイン会員となった人の気持ちは理解できます。私もそうだったのですから。
 しかし、現実の世界を否定し呪ってみても、そんな否定的な考え方をしている限り、決して幸せにはなれません。自分が幸せになれないのを誰かのせいにして、問題と正面から向き合うことなく、幸せになるための努力を放棄した人に、幸せは訪れません。

 私の知己に、自分がいかに不幸な生い立ちを送ってきたかを自前のサイトに延々と書き連ねていた女性がおります。彼女は、「私は不幸なのよ」というメッセージをずっと発信し続けてきたのです。
 しかし彼女は、恋人ができる度に、恋人となった男性の暴力やきつい言葉に苛まれました。無意識のうちに「私は不幸だから不幸だから不幸だから、愛してくれなきゃ嫌だ嫌だ」というメッセージを恋人に発信し続けていたから、男性はそれが重荷になったのでしょう。また、愛を渇望する彼女を、自分の欲求を満たすためだけの存在として利用したのでしょう。
 彼女は、自分が不幸だ…と思い、その原因を全て他人のせいにしていました。幸せになるために自分を変えることなど、ついぞ考えもしなかったのです。そのために何度も何度も、同じように不幸な結果が訪れる。

 小島露観も、他のカルト教祖もまた然りです。
 個人の運命がうまくゆかないのも、世の中の不条理も、全部他の対象に責任転嫁するのです。仮想敵をつくり、敵愾心を煽り、世の真実から人を遠ざけてゆく。

 それは彼等カルト教祖が、ままならない世の中に抱く「怨念」の為せる業です。
 彼らは不思議なことに、世の人々が幸せに暮らしている姿をイメージすることができません。人々の調和をイメージする替わりに、争いと不和をイメージしているのです。
 短絡的に敵愾心を抱き、相手を打ち倒し自分だけが勝者となるイメージ。これを怨念と呼ばずに、何と呼ぶのでしょうか。

 小島露観の場合。

 世間が悪い。
 軍士○○が悪い。
 中国が悪い。
 形而上学的なメカニズムが悪い。 
 気に入らない、全部変えてやる。滅ぼしてやる。

 私の知る限り、小島露観は人々の幸せを願い、祈ったことがありません。
 ザイクス側の言い分はどうあれ、小島露観は怨念を世に撒き散らし、それに同調してくる者から金銭を巻き上げ、私利私欲を満たすと同時に、さらなる怨念を撒き散らしているのです。私の知り得る事実を合わせて鑑みると、そうとしか思えません。

 現役会員の皆さん、世の不条理を怒り嘆くのはやめましょう。そうしている限り、あなたの人生は小島の怨念に囚われたままになってしまいます。
 何か気に入らない現実があるのなら、その原因を見つめなおして欲しいのです。そして、現実を、他人を受け入れて欲しい。
 その上で、自分にできることを積極的にやっていきましょう。いたずらに他人を批判せず、調和を願いましょう。
 そうすれば、少なくとも自身の「満たされない感情」は雲散霧消していきますよ。
 私は現役会員の皆様の敵ではありません。かつてその場にいた友として、私はメッセージを発信しております。
 
posted by Riot at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

「自己責任」という言葉(その2)

 昨日の続きです。

 無責任といえば、「被害者の会」のネオ氏もそうです。
 メールや掲示板で元会員が相談してきているというのに、(掲示板を拝見する限り)彼はそれを無視しているようです。
 マスコミに取り上げられなくなったら、あとは野となれ山となれで、どうでもいいのでしょうか。彼もまた「自己責任」を全うしていない一人です。

しかし一番無責任なのは、ザインの教祖たる小島露観でありましょう。
 多くの人を思いつきの教義で振り回し、借金をさせてまで物品を購入させセミナーを受けさせる。そこで何か言われれば「自己責任」と開き直る。
 自分の行いがどういう結果をもたらすかを直視しない人間が(まあ、分かった上でやっているのかもしれませんが、それにしてもひどい話です)、よくもまあ「自己責任」などと言えたものですね。多くの人間をミスリードし、借金を背負わせた小島自身の責任はどうなのか。部下が会員に借金を奨励しているのを、小島が知らないわけがありません。

 と、ここまでは他者の批判に終始してきましたが、私自身もザインスレに書き込みをしていた頃は、何も考えずに面白がって現役会員叩きをやっていたわけです。そうやって「悪い奴をこらしめた、裁いた」気になっていたわけですが、それではいけない! と本気で思ったきっかけが、TV報道の時期に起こった数々の出来事、そして当時の『報道特集』ディレクターの赤阪徳浩氏との出会いです。
 TVの反響の大きさ、ネオ氏や情報屋氏の松島氏叩きなど、私を困惑させる事態が積み重なり、色々な方に相談いたしました。
 いくつもの意見やアドヴァイスを頂いたのですが、中でも心に残り、私自身の考えを改めるきっかけになったのが、赤阪氏とお話をさせて頂いたことでした。

 「報道の結果、マスコミは面白がって取り上げることになるだろう」
 「ザインは色々考えてあなたを攻撃してくるだろう」
 「松島氏を叩き実社会から排除しようと動くことで、彼はザインにしか居場所を見出せなくなるのではないか」
など、赤坂氏は様々な見解を聞かせてくださいました。
 その中で一貫していたのが「物事の因果を把握し、自分の報道によってどういう結果が訪れるか考えている」姿勢でした。そこには、報道に携わる者の誇りがありました。そして、自己の行動を把握し、それに伴う結果を真摯に受け止める成熟した大人の態度がありました。

 私は自分を恥じ、そして考えさせられました。自分の行動がどういう結果をもたらすか、考えなければならない…そう思うようになったのはそれからです。

 色々書きましたが、これはザイン云々に限った話ではありません。
 多くの人間は、自分のすること、言うことが他者にどのような影響を与えるか、さほど真剣に考えようとはしません。自由という美名のもと、ただ思いつくままに行動しっ放しの喋りっ放し。そこには「自己責任」「思慮」といったものは微塵もありません。残念なことに、これが世の現実です。
 可能な限り自分の言動をコントロールし、それに伴う結果から逃げない。そして人に配慮し、良いことをしてもらったら素直に感謝する。なかなかままなりませんが、私はそうしていきたいです。そしてそういう人が一人でも多く増えれば、世知辛い世間も生きやすくなるのではないか、と思う次第でございます。
posted by Riot at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月04日

「自己責任」という言葉

 昔から2ちゃんねるでは「ザイン会員が教団をクビになって人生うまくいかないのは自己責任だ」という意見が根強いです。確かにそういう面はありますが、今回はこの「自己責任」という言葉について、私の考えるところを述べたいと思います。

 一般的には、自分のした過ちを受け入れ償う…というどこか否定的な意味で、この「自己責任」という言葉は使われているようですが、本当にそれだけが「自己責任」の意味でしょうか。
 自己責任という言葉は、本来「自分の発言や行動に責任を持つこと」を意味しているのではないかと私は思うのです。すなわち、自分の言ったこと、したことが、あるいは言わなかったこと、しなかったことが他人にどのような影響を与えるかを把握し、自分で納得のいくような選択をしていくこと、これこそが「自己責任」でありましょう。
 ザインスレでは、罵詈雑言の言いっ放しがその多くを占め、建設的なレスのやり取りはほとんど行われなくなってしまいました。現状のザインは(内部にいる人間はそうは思っていないようですが)迷走を極めており、それを見てバカにしたくなる気持ちもわからないでもありません。
 しかし、ひとつ考えてほしいのは、「これを見たザイン会員がどう思うか」ということです。会員には辞めたがっている人もいるでしょうし、辞めるとまではいかなくとも借金苦でどうにも首が回らない人もいるでしょう。こうした人が、自分達に浴びせられた罵詈雑言を見たときに、まず思うのは「書いた人間への敵意」であることは明らかです。
 そして、敵意は敵意を生みます。相手を思うが故のアドバイスならともかく、ひたすらに相手を罵る言葉を浴びせられれば、憎く思うのは当然です。そうやって憎しみを覚えた相手に対して、彼等は心を閉ざすでしょう。
 私は、ザインは遅かれ早かれ崩壊すると思っています。小島露観は相当体力が落ちているという話も聞いております。
 その時に途方に暮れる会員に必要なのは、「自己責任だろw」という冷たい侮蔑の言葉ではなく、かつて同じ立場にいた者としての理解だと思うのですよ。
 いわゆる「馬鹿軍士」を罵ったり、彼らの馬鹿さ加減を裁くのは、それは気持ちいいでしょう。しかし、そうやって書き込んでいる人間は、その後に予測できるであろう結果を踏まえて書き込みをしているのか? 
 もしそうでないのなら無責任も甚だしい。そんな人間に「自己責任」という言葉を語る資格はありません。

 明日に続きます。
posted by Riot at 03:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月26日

風俗嬢はラクじゃない!

 昨日に引き続き、風俗嬢となることを奨励されているザイン女性会員の話です。
 風俗といっても、そんなに甘いものではないですよね。窮するあまり風俗へと走る女性会員について、いくつかコメントを頂いているので紹介します。

  「最近は、風俗嬢もカワイイ子が増えています。ザインの女性会員は、ぶっちゃけそんなに美人じゃないので、風俗で働こうといっても面接で落とされたり、採用されても指名されなかったり、そんなに稼げないでしょうね」

 女性の容姿についてコメントするのは控えたいところですが、確かにもっともな意見ですね。

 「風俗って、脱ぐ覚悟があるから勤まる…っていうほど甘いものじゃないです。テクを磨いたり、お客さんへの気遣いをしたり、求められるものは多いです。『自分は天と繋がっている特別な存在だ』とどこかで思い込み、内心威張っていて高飛車なザインの女性会員には勤まらないですよ?」

 風俗経験のある方からも、このようにご意見を頂いております。「プロ意識がなければ淘汰される」と、厳しい見方をされているようです。

 ザインのお陰で仕事を辞め、転がり込んだ風俗でもうまくいかず、金策に走り回る…これが彼女達の望んだ人生なのでしょうか。
 私は女性会員の方々に言いたいです。「あなたは今、幸せですか?」
posted by Riot at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

人生を変えるための「対価」って?

 世の中には、ザインに限らず、「これであなたの人生が変わるのだから、この金額は安いものです」と言い、高額な商品を勧めてくる者が多数おります。
 最近私は「速聴」をやっており、それにあたって某S○I社の資料を取り寄せたところ、営業の電話がかかってきて、やはりこんなことを言われました。
 こういうことを言ってくる連中や、このblogを読んでくださる皆様にも言いたいのですが、人生を変えるのはあくまでも個人の努力と気付きなのであって、何かの商品そのものではないのですよ。
 こう言うと、「商品が人生を大きく変えるきっかけを与えるのだから、それに大きな対価を払うのは当然だ」という反論があるでしょう。
 しかし私はこれにも異論を唱えたい。「人生を変えるきっかけ」がもし与えられたとしても、それに気付きモノにしていくのは、あくまでも当人の資質と努力です。金を払って商品を手に入れたからといって、目指す目標に向かって何もしなければ、当然何も変わりませんよね。「人生を変えるきっかけ」の対価は、高額な金銭ではなく、個人の努力の積み重ね(膨大な時間とエネルギー、そして強い精神力が必要です)で支払われるものなのです。

 人生を変えるのは自分です。モノでもカネでもありません。
posted by Riot at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月12日

真実って何だ?

 小島露観は、ザイン会員への文書やZ帝國オフィシャルサイトにて、「事実と真実は異なる」と述べております。随分前の文書ですが、今回はこれに反論することにいたしましょう。
 小島はニュートン力学を例えに出しながら、次のように述べております。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 >全ての研究──真理(実)探求──とは複数の事実の背後に隠れている真理(実)を探り求めることである。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 ここだけ読めば全くその通り。反論の余地はありません。事実の集積から分かること、それが「真実」だと私も思うからです。

 しかし、小島の文章はこう続きます。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 >象がいる。数人の盲人が象に触っている。尻尾に触った盲人は、象とは豚の大きな物であると云うだろう。腹に触った盲人は、象とは壁のような物であると云うだろう。脚に触った者は象とは太い幹のようなものであると云うだろう。鼻に触った盲人は、象とは大蛇のような物であると云うだろう。それぞれ事実を述べているにも拘らず象の実体とは程遠い。象の真実には全く至ってないどころか、その言葉を聞いた者を過ったイメージを象に関して持つよう誤導することになる。部分的事実を伝えることは虚偽を伝えることなのである。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 かなり滅茶苦茶な内容ですが、ここはキッチリと突っ込んでおきましょうか。
 この例えは「象を触る者が盲人である」「盲人の言葉を聴いた者が、それを真に受けてしまう」という2つの前提によって成り立つ理屈です。
 「象は壁」「象は太い幹」「象は大蛇」と述べたのは、あくまで盲人です。目が見える者には、そのままの象の姿が眼前に映し出されるに決まっています。
 何故小島は敢えて「盲人」を引き合いに出したのでしょうか? それは勿論、彼に言わせれば私Riotが「小島の主張を否定してかかる『わからず屋の卑劣漢』だから」ですね。
 しかし、私は果たして「盲人」を引き合いに出されるような狭い視野でザインを批判しているのでしょうか? 私はただの怒りの感情ではなく、数々の資料や証言に裏打ちされた事実をまとめ、それを根拠にザインを批判しているのですから、ここで「盲人」という言葉が出てくる自体ナンセンスというものです。
 繰り返しますが、私は「事実の集積から、真実は導き出される」と考えております。私は、単なる怒り任せの思い込みではなく、私にとって都合の良い事実もそうでない事実も全て照らし合わせて、そのことから「ザインに理なし」と判断しているわけです。
 しかし、小島露観を頂点とするザインは、教団にとって都合の悪い情報は全て「誹謗中傷」と決め付け、会員に「見るな」と通達しているわけです。果たして「盲人」なのはどちらでしょうか? 言うまでもなくザイン側ですよね。
 自説がそれほど正しいと思うなら、会員に「情報統制」をかける必要はないはずです。会員には自説だけでなく、自説を批判する者の意見も読ませ、自らの頭で考えさせ選択させる。それが筋ではないでしょうか。
 このことで、ザインは紛れもない「カルト」であることを小島露観自ら証明してしまいました。何故ならば、トップ(教祖)の意見を絶対のものとして受け入れなければならず、自説を批判する他の意見を目にすることを禁じられるのが、カルトの特質だからです。

 ところで、こうして「複数の事実から真実を見出す」という小島露観の言い分は、非常に重要な示唆を私達に与えてくれています。
 人生においては、様々な問題が発生します。私達はその重さに打ちのめされ、つい「自分にとって耳障りのいい甘い話」を信じ、耳を傾けがちです。そして、人を騙して利益を上げる者は、そういう心に付け込んで人に金を出させるのです。
 ひとつの問題に対して複数の視点から物事を見る…というのは、そうした手合いに騙されなくするだけでなく、問題を深刻に捉えすぎないようにするために、必要なことなのです。

 例えば、仕事でミスをした場合はどうでしょう。

●ショック…どうしようどうしよう(以下延々と続く) →当座のとりとめもない不安な感情
●ミスをしたものは仕方がない。気持ちを切り替えて次に臨むべきだ →第三者の客観的な判断
●原因は○○にある。次回は改めないと。 →原因の客観的な分析と反省
●上司はこのミスをどう捉えるか。何について注意されるだろうか。 →相手の出方の予測
●上司にこう怒られる。どうしよう。 →相手の行動予測から来る不安な感情

 …などなど、ひとつの事実に対して、様々なものの見方、考え方、感じ方が成り立つことに気付くでしょう。
 ところが、当座の「ショックな気持ち」に打ちのめされてしまい、そのことしか見えなくなってしまうと、事態に前向きに対処できなくなってしまうのです。
 取り敢えずの感情ひとつに流されることなく、複数の視点からものを見て、そして判断することで人は前向きになれるし、何者にも騙されることなく、真実にも近づけると思うのです。そして「思い込み」「その場の感覚」は「真実」とはほど遠いものであるということも、併せて述べておきます。
posted by Riot at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月23日

ザイン軍士のBlogについて

 昨年からザインは、社員軍士を中心にBlogを立ち上げ、個々の関心事に加えて「聖品」「イベント」「アライドDVD」の宣伝を行っておりますね。これって一体どうなのでしょうか? ウザイとお思いの元会員の方、きっと多いと思います。
 ですが私としては、ウザイどころか大歓迎なのです。
 教団内部ならともかく、世間の人々はバカではありませんから、あれが「信者」の手によるものだということはバレバレです。広告を出せなくなったザインは、ああしてweb上で宣伝していくほかにないのでしょうが、検索エンジンが拾うのは、押しなべてザインを批判するwebサイトばかり。教団外部の人間の関心は、「ザインの素晴らしさ」ではなく「ザインの悪辣さ」に向いているのですから、当然です。よって彼等のBlogなど、箸にも棒にもかかりません。
 それよりも興味深いのは、私のかつての仲間たる軍士が、普段何を考え、何を思っているのかが赤裸々に明かされていることです。記事の端々に、「どうしてザインに夢中なのか」「どうしてザインから抜け出せないのか」のヒントとなる内容が散りばめられております。
 Blogを通して軍士をプロファイルしてみる…というのも面白そうです。ですので、私が直接彼等のBlogを妨害することはありません。まあ放っておきましょう。
 軍士の皆様には、趣味から普段の生活から思ったことから、もっともっと色々なことを表現していって頂きたいと思います。そこにこそ、「カルトに引っかからないためのヒント」が転がっているのですから。
posted by Riot at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

このブログでは、SEX教団・ザインザイクス天業古代王朝シリウス核石・の、内情と実態を書き綴っております。
シリウスは、詐欺まがい・押し売りまがいの霊感商法、性の儀式、軍事訓練などを行っております。
シリウス核石のことを知りたい方以外にも、ザイン(シリウス)を辞めた方、
ザイン(シリウス)を辞めようと考えている方、ザイン(シリウス)を辞めた元会員の方々・現在もシリウスに在籍する社員・会員の方に
ご覧になっていただきたいブログです。