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2008年12月07日

最後に…For the young

僕自身の過去や、ザインについて思うところを色々と振り返る記事は、今回で最後だ。

あとがきに代えて、僕のとても大好きな曲…
FAIR WARNINGの「For the Young」で締めとしたい。

(携帯とかでアクセスしていて、youtubeを見られない人はゴメンナサイ。
 すごくいい唄なので、ネットカフェでPCからアクセスして、ぜひ視聴してください)



 〜そして君達が悲しい涙を流すのを 見なくても済みますように
  そして君達がうまい口車に 乗せられませんように
  君達の愛する者達が 正直でありますように
  自分自身を見いだせば 鍵を握るのは君達なんだ〜


本当に辛いとき、この曲に何度も泣き、そして励まされた。

この曲の持つ「健やかな祈り」は、
ザインに関わってしまった皆にも、きっと届くはずだ。


―― 自分自身を振り返るのは、思ったよりもしんどかったです。
本来なら書きたくないカッコ悪いことも、書く必要に迫られたし。

でも、今までのことを色々振り返ったことは、
良い経験と学びになったし、色んな気持ちの整理がついた気がします。

そして、第二、第三のRiotを出さないために、
拙文が小さなお役に立てればいいな…と願ってやみません。

最後に、これまでに出会い、お世話になった方々、
そしてこの文章を読んでくれた皆様に、
精一杯の感謝の言葉を述べたいと思います。

「どうも、ありがとうございました!」

 
  by Riot 

2008年12月06日

僕にとってザインとは

―― 僕にとってザインとは、一体何だったのだろうか。


小島露観の思惑とは全く外れたところで、
ザインは僕の「人生の師」となっているように思う。

僕はザインとの関わり ―― 軍士として、そしてRiotとしての関わり ―― を通して、
たくさんの人と出会うことができた。

特に、僕がRiotとなってからは…元軍士の仲間と再度連絡が取れたり、
マスコミ関係者とお話させていただいたりと、貴重な出会いが数多くあった。
いくつかの出会いは、本当に「一生モノ」だと思える。

そして、悩みの種類はそれぞれ違えど、
同じように悩み迷う人をたくさん見てきて、その心の一端に触れることで、
僕の中でも何かが変わっていった気がしている。

色んな人と関わったり、自分の内面を見つめていくことで、
人には色んな想いがあって、単純に割り切れるようなものではないよな…という
「当たり前といえば、ごく当たり前なこと」を、しみじみと思うようになった。

どんな人間も、表の顔だけでは分からない、色んな面がある。
この活動を続けることで、少しはそういうことに思いが至るようになったと思う。


Riotとして、色んな人にできる限りの言葉をかけることで、
人の力になることの素晴らしさ、感謝されることの喜びを知ることができた。
自己啓発書には「無私の心で、人のためになることをしましょう」と書かれていて、
昔の僕なら「ケッ、偽善者め」なんて思ったものだが、
今の僕なら、結構素直に納得できる。

たとえ小さなことでも、感謝されるのは、素敵なことだ。
人の心を穏やかにする。
殺伐としがちな日常においては忘れ去られがちだけど、
感謝し、感謝されることを喜ぶ心は見失わないでいきたい。


ちょっとしたことでも、何かをやってみることの「大きさ」も学んだ。
一見取るに足らないような選択、ほんのちょっとの行動が、
ときには人生を大きく変えてしまうことが、本当に身に沁みている。

そして、たとえ完全でなくても、挑戦し続けることで
得られる力や結果は思いのほか大きくなることを、知ることができた。


色んな人にアドバイスしたり、マスコミから取材を受けた経験を経て、
自分の言葉や行動が、良きにつけ悪しきにつけ、
人に影響を与えているということをハッキリ自覚するようになった。

2ちゃんねるにて、「名無し」で、よく考えもせずに無責任に
思ったことを垂れ流すようにカキコするよりも、
旗印を掲げて、自分の発言や行動に責任を持つようにすることのほうが、
自分にとっても、他の誰かにとっても価値があることに気づいた。

そして、ザインが世に与えている社会的影響、報道における世の中の反応を知り、
自分なりにカルトや悪徳商法について、少しだけ勉強したことで、
世の中というものを、もっと広く冷静に見定めようと思うようになった。

そして、僕は僕なりのやり方で、世の中を相手にポジティブに関わっていきたい。


ザインと関わることで、どんな自己啓発書よりも身に沁みる
様々な人生勉強をすることができた。
その点では、僕は小島露観に感謝している。


しかしその一方で…
僕の「ザイン」という過去は消すことができず、
ずっと背負い込む十字架のような、重いものとなっている。

黙っていればいいのだろうが、沈黙を決め込もうとすればするほど、
僕のことをまだ良く知らない人と、とても親しくなろうとするときに、
ひどくぎこちなくなってしまう。

ザインと関わったことで、色々と勉強になったことは揺ぎ無い事実だが、
それでもやはり、ザインにいたことは、
僕にとっては「やましいこと」であり「恥辱」なのだ。

さらに…
僕のやっていることは、想像力のない人からは
「ただの私怨」「復讐心によるもの」と理解されるようである。

「君は間違っている」という批判を受けて、ひどく傷ついたこともある。

僕の中での「やましさ」「恥辱」への痛みが、グサリと堪える。
正直、Riotとしての活動を辞めようかとさえ思ったものだ。


僕は、憎しみでザインと対峙するのはやめようと決めてはいるけれど、
それでも、僕の中からザインへの「憎しみ」がきれいさっぱり消えることは
今後もないだろう。

「恥ずべき過去」は、多少色彩を変えたものの、
今以て「恥ずべき過去」のまま、である。

それとも、僕がこれからの人生で、ザインにいた過去を、
100%、吹っ切れるときが来るのだろうか?

―― きっと、『神のみぞ知る』ところだろう。


まとめると…
ザインは、とりあえず現在の僕にとって、
『意地悪な師』であり、『やましい過去』でもある。
その位置づけは、僕の心模様次第でグラグラと揺れたりもする。

そして小島露観には、めいっぱいの「F××K YOU!!」と、
少しばかりの「ありがとう」という言葉を言いたいなぁ。

でも僕は、『ザインに騙された』からといって、下を向いて生きたくはない。

日々の生活で、辛いこと、悲しいこと、落ち込むことも沢山あるけれど、
世の中の理不尽さを目にして、嫌な気分になることもあるけれど、

それでも最後は、前を向いて歩んでいきたい。
強く、強く、僕はそう思う。

2008年12月05日

ザインからの「卒業」

だいぶ前に、ブルーホールさんが
『ザインからの「卒業」』ということをブログで書いていた。

ザインを辞めた人の多くは、心に傷を抱えながらも、
誰にも束縛されない自由な人生を歩み始めている。

皆が、ザインなんぞにとらわれることのない自由な人生を歩んでいるのを見て、
僕は、とても喜ばしく思う。
僕に連絡をとって下さった方が、強い決心のもとに
「ザインを卒業」していくのを見るのは、本当に嬉しいことだ。

ザインは、ある意味においては「学校」みたいなものだろうと思う。
世の中の、人間のエグい部分の一端を、
拳骨やらタバコの火やらをグリグリと押し付けるように、教えてくれる。

そして、ザインを卒業して「自由」になる人にも、色んな人がいる。

ザインのことは忘れたいと、強く思う人、
今を一生懸命生きながらも、たまに心の傷が疼く人、
2ちゃんねるで怒りを吐き出したり、現在の動向をしきりに知りたがったりする人…

きっとそれぞれに、理由があるのだろう。
元々の性格や、ものの考え方、心の傷の深さ、背負い込んでいるもの…
人それぞれ、違うのだと思う。

それでも、せっかくザインを「卒業」して「娑婆」に出たのだから、
ひとりひとりがその後の人生を、少しでも明るく、自由に、楽しく生きられればいいな…と
僕は願っているし、そのようにエールを送りたい。

心に傷はあっても、それに囚われるのは悲しいことだ。
そして、ザインへの怒りや恨みつらみに心を奪われて、自分を見失うのは
見ていて残念な気持ちになる。

きれいさっぱり、心の傷を消すことも、癒すこともできないのかもしれないけど、
せめて少しだけでも、前を向いて日々を生きることができたらな…と
僕は願ってやまない。

―― こう書くと、ガッコの先生みたいな
「上から目線な」物言いだな…と自分で思うのだけど(苦笑)、
僕自身も当事者としてザインにどっぷりと関わっていたので、
そういうのとも違う気がするなぁ。


しかし、時には、
「俺が一番、ザインに拘泥しているんじゃないのか?」と、
自分自身に疑問を抱くこともある。

僕のやっていることに対して
「そんなに無理しないで、自分の人生を大切にすることを考えたら?」と
善意のお言葉を頂くこともあったけど、そう言われると、

僕は、自分の人生を大切にしていないのか?
一番ザインに囚われていて、ザインから卒業できていないのは、
この僕自身なのではないか?

―― ふと、そう考えてしまうのだ。

ザインなんて、もううんざりだ…
皆が羨ましい、僕も自分の人生を歩みたい…と思ったのも、一度や二度ではない。

でも、サイトを閉じてしまうのは忍びないし、
困っている人を黙って見過ごすのも、何だか嫌だ。
また、威張るつもりではなく、事実として書くが…
サイトをもし閉じたとしても、残念ながら僕の代わりはいない。

そして何よりも、ザインにいた過去、そしてこの活動は、
あまりにも「僕の一部」になりすぎてしまった。

ザインに対して怒りや嫌忌を抱く僕も確かにいるけれど、
色々ありながらもザインと戦ってきたことへの誇りを抱いている僕、
そこに苦痛だけじゃなくて、充実感を感じている僕もいるのだ。

結局、このまま放り出すことなんてできない。
そのことに、気付いた。

心が弱っているとき、まだまだ迷うこともあるけれど…
誰に批判されようとも、善意のアドバイスを受けようとも、
「ザイン」あっての僕の人生なのだと思うようになった。

僕にとっての「ザインからの卒業」は、明確な区切りが未だ見えないでいる。
…尾崎豊の歌う「卒業」に近いのかもしれないな。


―― ザインの「卒業生」が、
1日でも多く、心から笑えるハッピーな日々を過ごせますように。
また変な奴に心を掴まれることがありませんように。
怒りや憎しみに心を明け渡さず、前向きに人生に挑めますように。

ザインのいち卒業生からのエールを、ここに送ります。

2008年12月04日

過去の僕へのメッセージ

ザインを知る前の、そしてザインに在籍していた時の過去の僕に、
かける言葉を色々と考えてみる。

―― もしかしたらそれは、
ザインを辞めようかどうか迷っている方へのメッセージになり得るかもしれないし、
今の、そしてこれからの僕自身に対してのメッセージ…ともいえるかもしれない。


「愛されていない」と悩む、過去の僕へ

心の中では、よく分かっているのだろうけど…
君が誰からも愛されていないなんてことは、絶対にない。
君の父親、母親、兄弟、親戚、友達…
皆、それぞれに、君の事を大切だと思っている。

ただ、人はひとりひとり違う性格を持っていて、
過ごしてきた時間も、背負っているものも、また違う。
そして、君もまたそうであるように、いつでもニコニコ優しくいられるわけじゃない。

だから、どうしても、その人なりの、
その時々で最善と思われるやり方でしか人を愛することができないんだ。

―― このことを理解するのも、受け入れることも難しいことだとは思う。
でも、ある意味仕方ないことかもしれない。
「愛される」ことで「傷つく」ことって、君だけじゃなくて
世の中にはザラにあることだから。

大丈夫、君は愛されている。
それは信じていい。保証する。

むしろ、君にとって大切なのは、「愛されること」よりも
「愛すること」かもしれない。

傷ついている君にとって、難しいことかもしれないけど、
それは別に、大それたことをしろというんじゃない。
大事にしたい誰かが笑顔になるように、君なりのやり方で、
ほんの少しだけ、働きかけたらいいんだ。

誰かに大切にしてもらうことよりも、
誰かを大切にすることのほうが、何十倍も何百倍も、
きっと君を優しく、そして強くしてくれるから。


誰かの言葉に傷つく、過去の僕へ

怒っているとき、悲しんでいるときには、
こんなことは頭から吹き飛んでしまっていると思うけど、
全ての人間が、君が望むように、君に優しくしてくれるわけじゃない。

考えてみたら当たり前なことだし、誰かにそう言われたらムカツクかもしれないけど、
これは、とても大切なことなんだ。

人って、君が思っているより、優しくないことのほうが多い。
でも、それはある程度、仕方のないことなんだ。

君がどれだけ辛いのか、どれだけ悲しいのか、何でそんなに心を痛めているのか、
結局のところ、君自身にしか感じ取ることはできない。

人は、自分が感じ取れないことに対しては、ことのほか冷淡だったりする。
そして、どれだけ優しい人でも、やっぱり君とは違う人間だから、
君が感じていることそのままに、君の心を感じることはできないんだ。

だから、傷つくことを誰かのせいにばかりしてはいけない。

…じゃあ、どうすればいいかって?
色んな人が言うように、辛いことをぐっとこらえるのもとても大切だけど、
「何で自分が辛いのか」を相手に説明するように訴えたり、
信頼できる誰かに、分かってもらえるように相談したりすることも
同じように大切だと思う。

―― 一人、ぐっとこらえること。
逆に、一人で抱え込まないこと。
いいかい?

逆に君は、少しのことで傷ついてしまう自分を責めてしまっているかもしれないね。
でも、少しのことで傷つくことは、恥でも何でもない。
繊細だということは、それだけ色んなことが感じ取れるという
ひとつの『才能』を持っている…ということだから。

誰かと自分を比べて落ち込む必要なんてないし、
自分が「おかしい」んじゃないかと思う必要もないんだ。

ただ、君の繊細さを生かすためには…
君の持つ繊細さに、君自身が振り回されないようにするため、
今よりちょっとだけ、強くならなければならない。

いっぱい傷ついていい。傷つくことは恥ではないし、情けなくもない。
その分だけ立ち上がって、そこから何かを学べれば、
傷つくことは恥じゃなくなるんだ。

過去の僕に、これだけは言っておきたい。
どんなことがあっても、自分を、めいっぱい信じてあげてほしい。

自信が揺らぐときも、落ち込むときもたくさんあるだろう。
いくらビビッても、迷っても、苦しんでもいい。
でも、そんな自分を否定する必要はないんだ。


世の中に不満を持つ、過去の僕へ

確かに世の中って問題だらけだけどさ、ひとつ覚えておいてほしいんだ。
世の中に怒っているときって、世の中そのものに怒っているんじゃなくて、
君を大切にしない「周りの人間」に怒っていることが多いと思うんだ。

世の中って、人間って、きっと君が思っているほど狭いモンじゃない。

世の中には…

君の常識からはみ出して溢れるくらいに、
君がめいっぱい顔をくしゃくしゃにして喜ぶくらいに、
君が顔も上げられないほど落胆し、悲しむくらいに、

色んな人がいて、それぞれの人生を一生懸命生きている。

きっと君は、これからも色んな人と出会う。
その中には、君の考えや気持ちを、少しだけでも
分かってくれる人がたくさんいるはずだ。

だから、世の中は悪いものだ…と決め付けるのは、ちょっとだけ待ってほしい。

それでも、世の中は問題だらけじゃないか! と君は言うかもしれない。
君の言うとおり、世の中はろくでもない問題だらけだ。
理不尽に苦しむ人もいれば、その理不尽さを平気で押し付けて笑う人もいる。

そういう理不尽に怒る君は、きっと優しいんだろう。
それはとても良いことだと思う。

でも、世の中も人間も、正しいことばかりで回っているわけじゃない。
これって認めたくない事実だけど、認めざるを得ない事実…でもあるんだ。

人間ひとつとってみても、素敵な良いところもあれば、
目を覆いたくなるような悪いところもあるもんだ。
…世の中だって、同じだよ?

正しさだけを追い求めるということは、結構残酷なものだ。
色んな間違いを、そのまま「間違いもアリかな」と認めてあげないと、
きっと「正しくない世の中」だけでなく、「正しくない君自身」まで、
むやみに追い詰めて、グサリと傷つけてしまう。

そして何よりも…
まずは自分がキチッと考え、キチッと生きるようにしなければ、
君の義憤は誰にも聞き届けてもらえないんだ。

世の中に不満を感じるときは、世の中を感情的に「悪い」と決め付けたらダメだ。
TVのニュースでは「悪いニュース」が中心だから、そうは感じられないかもだけど、
実際に良いも悪いもごっちゃになって溢れてるのが世の中で、
それはそんなに「悪くない」と思う。

真島昌利が書いてるように…
世の中、いい奴ばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもない。
汚職をやる政治家もいれば、君を感動させるミュージシャンもいる。
それが世の中ってやつだと思うんだけど、どうだろうか?


誰かの「売り文句」に揺れる、過去の僕へ

君が何となく悩んでいる時、困っている時、どこか空しさを抱えてるとき、
あるいは欲望でギラギラしてる時、傷ついてイライラしてる時、
誰かが君に「いい話」を持ちかけてくるかもしれない。

君にとって「とても得になるような」話だったり、
君自身や、他の誰かや、世の中を「変えてくれる」話だったり…と、
色んな『耳触りの良い話』を持ちかけてくる連中が、たくさんいる。

心が弱っているとき、色々と空しいときなんかは
「何かいいな」と、心がグラリと動くこともあると思う。

でも、そういう話に簡単に乗るのは、ちょっとだけ待って欲しいんだ。

もし君が本当に何かを欲しがっているのなら、
誰かの力に「頼って」手に入れようとしたらダメだ。
頭と体と心をフル動員して、必死に今できることをやるんだ。

「必死」といっても、心意気ばかりが先走ってしまう君の事だ。
今ひとつ、その言葉がピンと来ていないかもしれない。

必死になるってのは、たとえどんなに傷ついても、凹んでも、
「自分はダメだ」と激しく落胆することがあっても、
恥も外聞も見栄もかなぐり捨て、自分を哀れむ気持ちをどこかで振り切って、
形振り構わず「自分の欲望を叶えるために」突き進むことだ。

欲しいものを手に入れようとすると、単純に嬉しくて楽しいことばかりじゃなくて、
辛いこと、苦しいこともいっぱいある。
厳しいようだけど、それは当たり前なことなんだ。

大げさな話かもしれないけど、欲望を叶えようとすることって、
事故や災害に遭って、どうにか生き延びようとするような、
そういう種類の「生の切迫感」と似ていると思う。

それくらい必死になってはじめて、君が本当に欲しいものや、
なりたい自分に対して、正直になれるんだ。
そうなれば、君にとって必要な声だけが耳に入り、
君を惑わすような声は耳に入らなくなってくる。

本当に欲しいものなら、
誰かに「持ってきてもらう」んじゃなくて、自分の手を伸ばすんだ。
いいかい?

それと、うまい話、甘い話を持ちかけてきて
君を騙そうとする連中についても警告しておく。

人を騙す連中ってのは、「これからあなたを騙しますよ」なんて
わざわざご丁寧に予告してはくれない。

君が何に悩んでいるか、何を欲しがっているか、何に空しさを感じているか…
彼らは、素敵な売り文句や、君との会話で、
そういう「心の隙間」を見つけて、君をグラグラと揺さぶってくる。
そして君に、何らかの形で「早めの決断」を迫ってくるはずだ。

君は、いい話を聞いた…と、すっかりいい気分になってしまうだろう。
そして、即断即決で、その話に乗ろうとするだろう。

だけど、覚えておいて欲しい。
本当に欲しいものを手に入れるには、
まずはそれを『本当に欲しい!』と強く思うことから始めるものなんだ。
そして、必死になって、努力した結果、そいつは手に入る。

決して、誰かの魅力的な提案に乗って、
お金を出して手に入れる種類のものじゃないんだ。
言うだろう?『Easy Come,Easy Go』って。

自分に、問いかけてみてほしい。
君は今、必死になっているかい?
汗、かいてるかい?

自分や他人を「変えてくれる」話ってのにも、注意が必要だ。

まず、自分を変えるって、並大抵の話じゃない。
自分を変えようと無理にもがいてるときって、かえって自分を見失っている場合が多い。
色んなことをやってみて、色んな人と出会って、いい事悪い事を目一杯味わって、
その結果、いつの間にか、自分が「変わっている」。
そんなもんだ。

そして、自分を変えることはできても、
自分が思うように他人を変えることはできないものだ。

君が誰かに「こう行動してほしい、こう思ってほしい、
こう考えてほしい、こう感じてほしい」と言われても、
素直に「はい、そうします」とは思えないだろう?
むしろ「フザケルナ」と思うんじゃないかな?

…あと君は、「自分は騙されない」という、根拠のない自信があるみたいだ。
自分に自信を持つのは悪くないことだけど、それはちょっと危険だ。

人間ってやつは、自分を信じすぎても、心に隙ができてしまうものらしい。

どんなに悪党どもの「手口」を熟知していても、
心理学に則った「人の心の動きの傾向」を熟知していても、
逆に、それ故に心の隙間ができてしまうことだってある。

騙されないように「理論武装」するのも悪くないし、必要なことなんだけど、
もっと必要なのは「それでも自分は騙されるかもしれない」という
危機感や警戒心を常に持つこと、そして何度も言うように、
自分の欲望に正直になって、必死になることなんだ。

君は頑張っているとは思うけど、それでも敢えてこの言葉をかける。

―― 頑張れよ?

気持ちだけじゃなくて、頭も体も、心の奥にある思いも
全て、欲しいものを手に入れるためにフル回転させるんだ!
頼むぜ、過去の俺!


―― 過去のRiotに届くものではないかもしれないけど、
これが、ザインに関わってからおよそ10年後の僕から、
10年前の迷える僕に送るメッセージだ。

2008年12月03日

エネルギーより大切なもの

(形而上的、かつスピリチュアルな話になることを、初めに断っておきます)

ザインを辞めた今も、ザインエネルギーこそ否定しているが、
目に見えないエネルギーや存在そのものを、僕は否定していない。

現に僕も、エネルギーワークに携わっている。

僕は無宗教だけど、神仏の力はゼロではないと思うし、
神社なんかに行くと、深い厳かな気分になる。

レイキをはじめとする色んなヒーリングワークも、
中にはインチキや眉唾モノもあるのだろうけど、
プラスの効果を人にもたらすものも多いと思う。

神仏や、特殊なエネルギーのことを措いて考えても…
人間って、それぞれがエネルギーを発していると思う。
気のいい人と会っていると、こちらまで元気になったり、
逆に人込みの中にいると、妙に疲れやすかったりするのは、
人間の持つエネルギーの影響を受けているからだ。


目に見えないエネルギー自体は、確かに存在する。

だが、それらは手に取れないものだから、
うまく取り入れ、実感することはなかなかに難しい。
そして目に見えない力は、それが見えないものであるゆえに、
その効果に過大な期待を持たれることが多いのだ。

目に見えない力は確かに存在するのだけど、それはあくまでも
ひとつの「力の形」であり、万能ではない。

ダイエットで例えると…
ダイエット対応のエネルギーを送るよりも、
ほどほどに食べ、運動し、ストレスを溜めない生活を心がけるほうが、
よっぽど効率良く痩せることができる、というわけだ。


…いろんな「力の形」があるけれど、その中でも大きな力になるのは、
やはり「人間の力」だと僕は思う。

辛いとき、悲しいとき…
誰かに自分の気持ちや考えを吐き出すことで、自分の気持ちがハッキリしたり、
誰かのふとした一言で、自分の「思い込み」に気付いたりして、
元気になる ―― という経験は、きっと誰もがしているはずだ。

ともすれば当たり前のように思える、人と人とのやり取り。
ときには、下手なエネルギーワーク以上に、
それが心を輝かせ、元気や勇気を与えることを、僕は知っている。


目に見えない力に携わる者の真贋を見抜くポイントのひとつは、

「エネルギーだけではなく、ひとりの人間として
 誠実に相手に働きかけているかどうか」

だと思うのだ。

でも、目に見えないエネルギーの効果を過大に強調して、
必要以上の期待感を抱かせたり、
逆にビビらせたりする手合いの、何と多いことか。

その手の連中には、「責任感」とか「誠実さ」とか、そういう
「人間の持つ良き力」の自覚が、どうにも希薄に感じられるのだ。

ヘンな権威をかさに着ることなく、
一人の人間として、人と誠実に関わっていくこと。
目に見えない力を扱うには、先ずそれが必要不可欠だと思う。


最後に…
僕は、最初に「ザインエネルギー」を否定する…と書いたが、
もしかしたら、ザインエネルギーは確かに存在するのかもしれない。

それは、宇宙のエネルギーなどという高尚なものではなく、
小島露観の持つ、全知全能と支配感の渇望、止め処ない物理的および性的な欲望、
そして、それらが叶わないことへの怨念…みたいなものなのだろう。

それらは、人を幸せにするものなのか?

また、小島露観が、その下で働く軍士たちが、
多額の金銭や特定の思想への帰依を条件にすることなく、
誰かの話を親身になって聞いてあげ、励ましてあげることがあっただろうか?

―― こうして考えてみても、
自ずと、ザインの真贋は明らかになる…といえよう。

2008年12月02日

怒りとどう向き合うか(2)

―― あと、もうひとつ、気になることがある。
元会員の、ザインに対する怒りの声はよく聞くのだが、
他のカルト教団や霊感商法に対する怒りの声を聞くことは滅多にない。
何故だろうか?

色んな答えがあるだろうけど、

「自分が体験したわけではないから、分からない」
「所詮は他人事」

そんな答えが返ってくるかもしれない。
…確かに、実際自分が直に体験していない以上、どこまでいっても他人事ではある。

しかし、カルトや霊感商法の本質って、ザインとそう変わるものではないはずだ。
世の中を見渡せば、ザインに限らず、こうした手合いが腐るほどいるのに、
ザインだけが許せなくて、後はどうでもいい…となってしまうのはいかがなものか。

誤解しないで欲しいのだが、
僕は、安直に「カルトと戦え」「霊感商法を糾弾しろ」と言いたいわけではない。

それに、今の世の中、生きていくのはラクじゃない。
余所様にかまけていられるほど余裕がないのも良く分かる。

…ただ、自分にとって直接関係がないものに対して、
ともすれば「どうでもいいもの」と看做してしまいがちな、
僕たち人間一般の持つある種の無関心さ、利己心について、
ちょっとだけ考えてみてもいいんじゃないかと、そう思うのだ。


よく、ザインの悪辣さ、恐ろしさについて声が上がる。
確かに、小島露観の、ザインの所業は悪辣だ。

でも、本当に恐ろしいのは、ザインじゃなくて人間だと思う。

小島露観やザインの幹部連中も、辞めた僕たちも、
皆が等しく、そういうゾッとするような利己心を抱えている。

そして、その利己心がヘンに刺激されると、
普通ならやらないような、とんでもない過ちをしでかしてしまう。


利己心だけじゃない。
色んな弱さとか、狡さとか、そのほか負の感情の数々を誰もが抱えていて、
それらは、ふとしたことで心を揺るがし、判断を誤らせる。

小島やザインの幹部、店舗勤務の社員と、僕らの間には、
どれだけの人を苦しめてきたか…という差異はあるだろうけど、
辞めた僕らが賢く優れていて、
今ザインにいる面々が愚かで劣っているわけではないのだ。


ザイン云々に関係なく、
きっと誰もが、等しく、
弱くて、狡くて、身勝手で、心の痛みや矛盾を抱えているのだと思う。

ザインを体験してきた僕らは、
ふとしたときに顔を出す自分の弱さを痛いほど分かっているはずだ。

だからこそ、心の傷や痛みを乗り越えて、
どうしても認めたくない自分の弱さや、狡さや、身勝手さを
ほんの少しだけでも受け入れることができれば、
きっと、もっと人に優しくなれると思うのだ。

2008年12月01日

怒りとどう向き合うか(1)

今の僕・Riotが、ザイン絡みの問題でひとつだけ心を悩ませていることがある。
それは、僕に連絡をとって下さる方が持っている「ザインへの怒り」と
どう向き合えばいいのか? ということである。


僕に連絡をとって下さる方、2ちゃんねるのザインスレ、それぞれで

「ザインのこういうところがオカシイ!」
「ザインの○○がオカシイ!!」

といった声が、よく聞かれる。

加えて、2ちゃんねるのザインスレでは、
ザインのお馬鹿ぶりをこき下ろし嘲笑するレスが毎日のようについている。


こういう怒りの気持ち自体は、僕もよく分かる。

ここまで書いてきたように、
僕自身、心の奥に溜まった怒りの気持ちを洗いざらい吐き出して、
心の傷が癒された経験があるから、
怒りをどんどん表に出すこと、それ自体は否定しない。

むしろ、そのことで自分の心が整理されて、
ザインのことを吹っ切って前に進む元気が出るのなら、
どんどん、怒りの気持ちを吐き出して欲しいとさえ思う。


…ただ、怒りというのは厄介なものなのだ。
怒りという感情は、その激しさゆえに、人を盲目にしかねない危険な代物だから、
あまりにも怒りに囚われすぎると、問題の本質を見誤る恐れがあるからだ。


客観的な視点で見てみると…
小島露観、そしてザインがあまりにも稚拙で、一貫性の欠片もなく、
思いつくままに馬鹿なことをやっていることは明らかだ。
だからこそ、ザインの異常性や馬鹿馬鹿しさをいくら不特定多数の人々に訴えても、
なかなか理解されるものではないのだ。

心無い人は言うだろう。
「そんな連中に、お前は何でダマされたの? 馬鹿じゃないの?」と。

また、ザインは悪質な押し売り電話営業や、性の儀式なんかも行っている。
それらは本当にひどいものだし、未だに怒りを覚えている人も沢山いると思う。

でも、何も知らない人は言うだろう。
「そんな電話、途中で切っちゃえばいいじゃん」
「そんな儀式、ヤバいと思ったら逃げればいいじゃん」

とても厳しい言い方をするが…
心無い第三者から見た「ザインに騙される」というのは、こういうことなのだ。
ザインは確かに間違いだらけのフザケタ教団だけど、
だからこそ、こういう連中に騙された過失は自分にある…ということだ。


ザインを嘲笑う元軍士にも、同じことが言える。
元々自分もそこにいたのに、口汚い言葉でザインを嘲笑う姿は、
敢えて悪い言い方をすれば
「同じ穴のムジナ」「目糞、鼻糞を笑う」以外の何者でもない。

お馬鹿な連中を笑うだけなら、何もザインである必要はない。
TVのバラエティー番組でも何でも見て、気の済むまで笑えばいい。

やっぱり、そこには、ザインに対する怒りや憎しみ、
そして、そんな連中に引っかかってしまった自分が許せない気持ちが
どこかにあるのだと思うが、いかがだろうか?


―― 僕たちは、ひとりひとりが、遅かれ早かれ
その過失に正面から向き合う必要があると思う。

ザインのことが、誰にも言えない心の傷となっていて、
そこから生じる怒りを僕にぶつけるのは、よく理解できる。

それでも、どこかでその怒りを飲み込んで、
自分が「ザイン」という選択をしてしまった事実を、
それによって生じる心の傷を受け入れ、直視する必要があると思う。

心の傷をザインだけのせいにしているうちは、自分が成長できない上、
周りのこと、世の中のことも見えてこないと思うからだ。

  何で、ザインに引っかかってしまったか…
  何で、小島の言葉を「脅し」だと見抜くことができなかったか…
  何で、上官のフザケタ言葉に反論できなかったか…
  何で、ザインをスッパリと辞めることができなかったか…

  今の自分は、ザインみたいな連中に引っかかりそうな人に、
  どんな言葉をかけてやれるか、
  その言葉は果たして相手に聴いてもらえるか…
  今の自分は、かつてのザインの上官みたいに、
  思い込みから人を傷つけるようなことをしてはいないか…

考えてみる必要が、あると思う。

心の傷が癒えてきたのであれば、
過去を色々と正直に振り返って、過ちを受け入れ、反省すべき点は反省し、
成長の糧、優しさと強さの糧、生きる知恵としなければ勿体無いと思うのだ。

それは確かに辛いことかもしれないけれど、
そうしなければ、ザインにいた体験はただの「骨折り損」「傷つき損」で終わってしまう。
それじゃ、あまりにも苦々しくて、そして悲しいでしょ?


痛い思いをしたことがあったなら、
いつまでもそれを心の中で「痛かった」と嘆くよりも、
日常の様々な場面で、誰かが痛い思いをしているときに、
優しく手を差し伸べてあげられるようになるほうが
人間として素敵ではないだろうか…と、僕は思う。

別に、大それたことでなくていい。
些細なことでいいのだ。

それに…
誰かに手を差し伸べると、自分も優しくなれる。
自分のことでいっぱいいっぱいになっている時よりも、
かえって癒されたりするものだ。


親しいお付き合いをさせて頂いている方々には、
こういうことを愚痴混じりに語ったことはあったけど、
ここまではっきり僕の本音を公に向けて語ったことは、今までになかった。

きっと、異論反論あるだろうし、納得いかない! と思う方もいるだろう。
ぜひ、それを直接僕にぶつけてほしい。

逆に僕のほうが、
人間の器が小さくて、感情的になりすぎてしまっているのかもしれないし、
まずは話を聴く…という姿勢を崩してしまっているのかもしれないし、
皆に理想論を押し付けてしまっているのかもしれない。

でも…
皆で自分たちのことを考えるということは、決して無駄ではないと思うんだ。

どうだろう? 皆の声を聞かせてほしい。
よろしくお願いします。

2008年11月30日

ひどくなる営業実態

僕が「ザイン帝國の真実」(旧称:「ザイナスティアの真実」)を
立ち上げる前後…2002年後半〜2003年あたりから、
ザインの営業実態は、年を追う毎にひどくなっている。

―― 確かに僕の活動は、
ザインの悪辣な実態を多くの方に知らしめるのにひと役買っただろう。
その結果、マスコミに報じられることにもなった。

しかし同時に、それはザインを追い詰めている…ということでもある。
追い詰められた彼らはどうするか…
数年前は、そこまで想像してはいなかった。


現在、ザインの内部で行われているのは、あり得ない電話営業の数々である。

「軍帥命令」と称して、数百万円の商品を売りつけたり、

電話口で脅しすかしを交えて散々引き伸ばした挙句、
その場の口約束だけで、数十万円〜数百万円の商品を
「契約」とみなして売りつけたり、

クレジットカードの番号を聞き出して、60万円もする
「オペレーションPC(=儀式の年間契約)」を勝手に申し込んだり。

僕の現役時代を考えると、顔が真っ青になるような、
まるで冗談みたいなスケールの「押し売り」が、
現実に、当たり前のように行われているのである。

軍士には月当たりの収入/支出を報告させて、収支を把握した上で営業をかけたり、
女性会員には風俗を勧めたりして、「生かさず殺さず」状態で、売上増を図っている。

年を追う毎に、新規顧客〜新規軍団員が見込めなくなっていったザイン。
とくに報道後は、その実態が世間に知れ渡ったであろうから、
新規の顧客がグンと減ったことは、想像に難くない。

あっさりと消えた「アライド・アマゾネス」のDVD販売、
無料ホロスコープ鑑定や「ザイクスアフィリエイト」といった
あの手この手で新規顧客を掘り起こそうとしているが、
どれも上手くはいっていないようだ。

そんなわけで現在、軍団員をはじめとする会員は、
新規顧客が見込めない分の売り上げの穴埋めを強いられている。

「洗脳されている連中が、いい気味だ」と嘲笑する元会員もいるだろうが、
僕としては複雑な気持ちだ。

少なくとも、僕のしたことが一因で、こういうあり得ない営業を受けているわけだから。


中には、小島やザイクス上層部の言うままに、
僕の話も読まず聴かずに敵視する方もいるだろうけど、
現在どうしようもなく苦しんでいる方々も、
これからザイクスに疑問を抱くかもしれない方々も、きっといると思う。

今、ザイクスにいる人間の全員が、
「洗脳されたまま」「マインドコントロールされたまま」ということは
絶対にないはずだ。


僕は、自分のしたことが原因で、
今の会員が苦しんでいることには少し心が痛むのだけれど、
かといって、自分のしたことを後悔する気持ちはさらさらない。

せめて、僕に連絡をとって下さった方には、
精一杯の思いやりと誠意を持って当たりたい。

それが、僕のしてきたことに対する、責任の取り方だと思うから。

2008年11月29日

ホロスコープについて

昔からザインでは、「光線変更」と称する
「手っ取り早い性格改善法」なんかが行われてきていて、
ここ数年は「ホロスコープ変更」が売りとなっている。

ホロスコープの天体(太陽とか月とか)の配置を変えることで、
性格をガラリと変えることができる…という代物で、
ひとつ天体の配置を変えるのに、35万円もかかる。

既に散々言われていることだけど、
ホロスコープを変えても何の効果もない。

そもそも、星占いをある程度知っている人間から見れば、
出生時の天体の配置を変えるということは、はっきり言って不可能であり、
「寝言は寝て言え」というようなものである。

天体の配置を変える…ということは、
生年月日を変えることと同じ意味だからだ。
そんなの、無理に決まってるでしょ?

…と、ここまでは一般論的な、ごく当たり前の批判である。


ホロスコープといえば、以前、出生天宮図をはじめとするホロスコープを
各個人毎に解読し、丁寧に解説したものが本になった
「ロマンティック・アストロロジー」をプレゼントしてもらったことがある。

読んでみて「当たってる」「なるほど、なるほど」と
頷ける内容が多かったのだけど、ピンと来ない内容もあったりした。

でも、時間をかけて、ロマンティック・アストロロジーの内容と
自分自身の行動や心理状態を検証してみて、僕はまた違った感想を抱いた。

そこに書いてある「良い内容」は、
僕の体調や心の状態が良いときに、ピッタリ当てはまっていた。

逆に「悪い内容」は、心身の状態が芳しくないときに、
そこに書いてあるのと同じ失敗をやらかしていた。

…ということは、ホロスコープって、
単純な「良い悪い」「当たり外れ」とかで判断するものではなくて、

自分の調子が良いか悪いかのバロメーターとして、
どうしたら自分を活かすことができるかの羅針盤として、
「活用」していくのが望ましいのではないか?

僕は、そう考えるようになった。

ホロスコープの天体の配置が気に入らないからといって、
それを変えてしまおう…というのは、あまりにも知恵がない。
上手くいかないのであれば、心からの反省をしつつ、自分の失敗のパターンを分析して、
二度と同じ失敗をやらかさないようにするのが、知恵ある人間のすることではなかろうか。


ホロスコープは羅針盤。
それ以上でも以下でもない。
それを変更しようというのは、地図そのものをデタラメに書き換えるようなものだ。

その背後にあるのは、小島露観の「全知全能の偉大さ」ではなく、
「知恵と我慢強さに欠ける」姿だと思える。

ましてや、簡単にハイと出せる金額ではないほどの多額の金銭を要求するとは言語道断。
…知恵と我慢強さに欠けるご老人は、どうやら悪知恵には長けている様子である。

2008年11月28日

(株)ザインへの憧れと現実

(基本的に、これまでは時系列順に記事を書いてますが、
 この記事は書き落としていたので、後から書かせていただきました)

現役当時の僕は、(株)ザインの社員になりたくて仕方がなかった。

今にして思えば痛々しいことこの上ないのだが、
(株)ザインの社員というのは、当時の僕の中ではステータスだった。

求人が出るわけではなく、選ばれた軍士(朝士)だけが採用され、
ザインの発展のために働くことができる。
とても、楽しそうだった。

軍士として頑張っていれば、そしてそれが認められれば、
いつかはお呼びがかかるのではないかと思っていたけれど、
結局、僕に「社員にならないか」との声はかからなかった。


…実際のところ、「選ばれた人間が採用される」というよりは、
小島一家や、幹部軍士が気に入った者に声が掛かる、といったほうが適切で、
彼らに気に入られることがなかった僕には、声が掛かることがなかったのも
今なら納得である。


で、そんな(株)ザインの実態は…
色々な方々からお聞きした話だと、かなりひどい状況らしい。

店舗勤務の社員に関して言えば…
陰で顧客の悪口を叩いたり、暇なときはインターネットに興じたりと、
およそ好ましくない勤務態度の人間が多いそうだ。
非効率的な仕事が当然のようにまかり通り、外部の人間の目から見れば
「何をだらだら仕事してんの?」と映るとも聞いたことがある。

これなら、そんじょそこらのアルバイトのほうが、
余程常識を知っているし、良い仕事をするだろう。

しかも、店舗勤務の社員は転勤が多い。
下手すると、現役の社外軍士でも、
誰がどこに勤務しているのか分からなくなってしまう有様だ。


彼らの給与だが、相当安いようだ。
勤続10年以上でも、手取りで20万円いかないケースがあるという。
そこから儀式を受けたり、聖品を買うお金を捻出しなければならないから、
必然的に「借金」ということになる。

これも聞いた話だが…
ザイン社員の中には、サラ金から金を借りている人が割と多いらしいし、
中には、闇金から金を借りてトラブルになった者もいるそうだ。

社員すら搾取の対象となる(株)ザイン(ザイクス)。
笑って生活できるのは、小島一家と、一部の幹部だけのようだ。

その幹部にしたって、毀誉褒貶の激しいザインにおいては、
いつまで「幹部」でいられるか、分かったモノではない。


ふとした拍子で、いつクビにされるか分からない。
コロコロと変わる上位者の顔色を伺いながら、身を処していかねばならない。
それは、ザインという組織の体質であると同時に、
(株)ザインの体質でもあるようだ。

商品の原価と販売価格のあまりの差に不信感を抱いた
元社員の方がいらっしゃったように、内部のキナ臭さも相当なものだったろう。
感情や先入観でものを言い、何かあれば「裁判」の名の下に
誰かをつるし上げるのが当たり前な会長や幹部連。

実際、入社したかと思いきや、すぐに退社になってしまい、
「あれ、この寮には誰が住んでいたっけ?」となるケースもあったという。

(※寮とは(株)ザインが借り上げているアパート)


ザイン(ザイクス)の社員は、社外の人間からは相当憎まれているようだが、
実際のところ彼らも、公私ともに相当苦しい生活を強いられている。
勧誘用のブログに、アフィリエイトタグを必死に貼り付けているところに、
その一端を窺い知ることができる。

今になって僕は、心から「社員にならなくて良かった!」と思うのだが、
同時に、話のネタにするために、社員になっていたら良かったな…と、
チラリと思ったりもしている。

2008年11月27日

マスコミ報道の裏側

僕はこれまでに、いくつかのマスコミの取材を受けたけど、
それらはとても得がたい経験だったし、良い人生勉強にもなった。

そんなわけで、マスコミについて体験したことや思うことを、色々と書いてみる。


普段何気なく見る、週刊誌やスポーツ新聞、それにワイドショーやニュース。
「報道」の名の下に、扇情的なコンテンツが日々生産され、そして消費されていく。

こうしたニュースを信じる人、話のネタにする人、
眉に唾して受け取る人、色々いるだろう。
中には、日々繰り返されるマスコミの「狂想曲」を馬鹿馬鹿しく思う人もいるかもしれない。

だが、僕の体験した『報道の裏側』は、なかなかに興味深いものだった。


僕が、色んな記者の方々から取材を受けてみて感じたのは、
「マスコミにも、色々な人がいるなぁ」ということだった。

社会的な使命感や責任感を持って取材に当たる人、
どこかで仕事と割り切っている人、
失礼な取材方法や、ものの言い方を平気でする人。

本当に、色々いらっしゃる。


大半の記者さんは、それを前面に出すかどうかは別にして、
どこか無責任な「野次馬根性」が見え隠れしているのだけれど、
その一方で、できるだけこちらに配慮して下さるケースもままあった。

一番驚いたのは、極めてスキャンダラスな記事を売りにしている
某紙の記者さんが、取材後に「こんな内容でいいでしょうか?」と
内容確認のメールを下さったことだ。

そんなことをするような所ではないと思っていたので、結構嬉しかったなぁ。

電話で礼を述べる僕に対して、
「自分達のやっていることは、打ち上げ花火みたいなものですから」と
小さく笑いながら答えてくれた記者さんに、
仕事としての「割り切り」と、人間としての「誠意」の板挟みのようなものが
チラッと伺えて、興味深かった。

考えてみれば当たり前のことなんだけど、記者さんだって人間だ。
自分のやっていることについて、色々と思うところもあるのだろう。
ひとつ、勉強になった。


ある記者さんに「TVの連中、とくにワイドショーの連中はロクなもんじゃない」といった
忠告を受けたことがあったのだけど、
確かにTVの取材では、チラホラと失礼な態度を受けたことがあった。

僕自身に関して言えば、カメラの回る前で剣を振る真似をさせられたっけ。

後日、メールで抗議したのだが…

「色々あるとは思うが、それでも
 報道されることがRiotさんの利益になると思うし、
 それが私たちの使命だと思っている」

とのことだった。

納得いかない。
報道する者としての使命感さえあれば、どんな取材をしても許されるのか。


…これは後から聞いた話だったけれど、こんな話もある。

取材に応じた元ザイン会員の方で、
同じように剣を振る真似をさせられて、拒んだところ
「カルトにマインドコントロールされてたくせに!」と暴言を浴びせられたという。
まったくひどい話だ。


TVの影響力は甚大だ。
2005年のザイン報道のときに、その反響の大きさを身を以て味わったからよく分かる。

きっと、大衆にそれだけ大きな影響を与える力を行使していることに、
強い自負心や虚栄心を持っていたりするのだろう。

その一方で…
TVの取材といっても、大抵の場合は下請けの製作会社によるもので、
現場の人間は、肉体的にも金銭的にもかなり疲弊していると聞く。
捻じ曲がった自負心や虚栄心でも持っていないと、
きっと「やってられない」のだと思う。

連中の態度は腹立たしいけど、少しは同情できる点も、あるにはある。
そう思う。


貸し出した資料が、なかなか返送されてこない…
何度か、そんなこともあった。

とても迷惑だし困るのだが、日々あちこちの取材対象の間を飛び回る彼らは、
それだけ日々忙しくされていらっしゃるのだろう。
あるいは、忙殺されたり、職場内が理不尽な環境だったりして、
精神的にも「気配り」ができる状況ではないのかもしれない。

理解はできるけど、もうマスコミには資料を貸してはやらない。
そう決めている。


僕の一連の反ザイン活動に、色々と意見を下さる方もいらっしゃった。

「裁判をやらないのか?」とか、

逆に「こんな風に闘い続けるのもしんどいだろうから、
どこかで落としどころを見つけないのか?」とか。

僕は、そういう風に聞かれると率直に自分の考えを答えているけど、
内心では、う〜ん…とモヤモヤした気持ちにもなる。

もちろん全員が全員そうではないし、
善意で仰っているのだとは分かるのだが、それでも言わせてもらうと…

記者という生き物は、案外、被害者の心情に鈍感なようである。

たとえば、僕の中でも、確かにザインに対する怒りはあるけれど、
僕の心は、その怒り一色で染まっているわけではない。

ザインに対する怒りとか、苦々しい思い、
ザインの所業の数々を糾弾したい気持ち、
自分にできる範囲で、被害に遭った人をサポートしたい気持ち、
自分の幸せを追い求めたい気持ち、

…などなど、
色んな思いが僕の中にはあって、それらが日々綱引きをしているような状況だ。

僕は ―― いや、僕に限らず人間という生き物は、
そんなに単純なものではない。
何人かの記者さんは、そこのところを分かっておられない様子である。

だが、記者という仕事は、

あくまでも事実を追いかけること、
1分1秒も無駄にせず、デスクを満足させる記事を書いたり、
動画の編集をしたりするのが仕事だから、

人の心の機微などに捉われている暇はなく、
分からないことは、質問すればいい…という考えでいるのかもしれない。
そうだとすると、彼らの持つある種の無神経さは、
「職業病」ということもできるだろう。


記者さんについて、見てきたことを色々書いたけど、
中には、本当に素晴らしい記者さんもいらっしゃる。

そうした方々は、自分の取材による報道が、
世の中、当事者、それぞれにどんな影響を与えるかしっかり考えていて、
報道によって生じた「結果」に責任を持ち、真摯に向き合っている。
そして決して、自分の手にかけた「報道」の持つ影響力に酔うことがない。

僕が過熱報道とバッシングに疲れ果て、これからどうしたものか悩んだときには
親身に相談に乗って下さった。
本当に感謝しているし、そのときに頂いた言葉のいくつかは
僕にとって貴重な財産となっている。


―― こうして、色々振り返ってみて思うのだけど、
人に何かの影響を与えるということを、簡単に考えてはいけない。
自分の言葉や行動が、多数の人々に影響を与えたことをいたずらに喜ぶのではなく、
その後に生じる結果を見守り、向き合っていくことが大切なのだ。

それは、まさに小島露観に欠けている部分でもある。

そして僕も、自分の行動や発言に、責任を持てる人間になりたいな…と
これを書いていて、改めて思うのだった。

2008年11月26日

『糾弾ゲーム』以上のことをやりたい

僕は、反ザイン活動を通して、色んなものを見て、そして学ぶことができた気がする。

僕自身のみにとどまらず、人間一般の中にある怒りや悲しみや憤り。

人の力になることの素晴らしさ。
感謝されることの喜び。

何かをやってみることの大切さ。
たとえ完全でなくても、何かをやり続けることで得られる力。

自分の言葉や行動が、良きにつけ悪しきにつけ、人に影響を与えているということ。
僕は、いらない人間ではない、無意味な人間ではない…という強い実感。
そして、自分の発言や行動に責任を持つようにすることの大切さ。


それは、小島の言うままに剣を振り、論文を読み、儀式を受けているだけでは
絶対に身に付かないものだったと思う。


そして…
改めて世の中を見渡してみると、
世の中には、本当に色んな問題がある。


カルト問題ひとつとっても、ザインなんて規模だけ見れば弱小もいいところだ。
他のカルトは規模がデカい分組織力もあり、
人に与える精神的・金銭的な問題が大きくなりがちで、
僕ならどう言葉をかけたものか、迷うような事例も多い。

カルトに関する書籍を、何冊かざっくりと読んで思ったのだが…

ザインを糾弾するのは無意味ではないと思うけど、
その他にも、人知れず辛い思いを抱えている人が
もっともっと、たくさんいることに気付いた。


そもそも、カルトに引っかかる理由を考えてみると…

かつての僕がそうであったように、
愛されていないという不安、挫折感、怒り、不充足感…などといった、
色んな心の傷や、その反動としての周囲や社会への怒りが
カルトの言葉巧みな勧誘や教義とシンクロしてしまったことがきっかけとなっている。

そして、そんな心の傷や隙間を狙ってくるのは、カルトだけではない。

色んな悪徳商法も、自己啓発系やビジネス系の商売も、
人の心の傷や隙間にどうやって訴えようか、必死である。

多くの方が経験されていることと思うが、
心に傷や痛みを抱えているときって、自分を見失ってしまっている。

冷静な判断ができなくなってしまったり、誰かに依存してしまったり。

ザインに引っかかって抜け出せないのも、
悪徳商法に引っかかって抜け出せないのも、
つまらない男に引っかかって抜け出せないのも、

問題の根っこの部分は、大して変わらないように思う。

自分を苦しめたザインだけをひたすら憎み、
それ以外の問題や、誰かの心の痛みには無関心でいる…というのは、
僕の中で「何かが違う」と思うのだ。

僕は、数年前のような気分でザインを糾弾することに、あまり意義を感じなくなった。
もっともっと、広い視野で世の中を見たいと思っているし、
世の中の様々な立場からザインを見ることを大切にしたいと思う。


そして…
ザイン云々にとどまらず、僕にできることはないだろうか。
僕の言葉と行動で、かつての僕のように悩み苦しむ誰かの心を
ほんの少しだけでも軽くするお手伝いができないだろうか。

繰り返しになるけど…

ザインに引っかかって抜け出せないのも、
悪徳商法に引っかかって抜け出せないのも、
つまらない男に引っかかって抜け出せないのも、

恋愛の悩みから抜け出せないのも、
仕事とかの対人関係の悩みから抜け出せないのも、

問題の根っこの部分は、大して変わらないように思うからだ。


今はまだ、手探りの状態だけど、
僕は、今よりも少しだけ広いスケールで、
迷える誰かの心の助けになりたいと、強く思っている。

2008年11月25日

『復讐』と『人助け』と(2)

復讐心と義侠心、怒りと喜びの間で揺れながらサイトをやっていた僕に、
この「反ザイン活動」そのものを見直すきっかけになったのが、
2005年の、マスコミの一連の報道だった。

僕のサイトを見た「ある人物」からの連絡をきっかけに、
ザインの実態をマスコミに取り上げて頂けることになった。

僕は、「マスコミに取り上げてもらおう」という大それた狙いがあって、
このサイトを始めたわけではない。

取材を受けたが、いまひとつ現実感が湧かない。
実際にザインのことが「アサヒ芸能」誌で記事になったのを見て、ただただ驚いた。

そして、思った。
「僕のやってきたことは、無駄ではなかったんだ!!」と。
とても、嬉しかった。

母も現金なもので、僕がサイトをやっていたことで
マスコミの取材を受けたことを知ると、
これまでのように、サイト運営に強く反対することもなくなった。


次々と、僕のもとに取材依頼が舞い込んできた。
できる限り、僕はそれに応じたし、元軍士の仲間にも協力を仰いだ。


その一方で、報道を見て連絡を下さった元軍士の方もいた。

ザインへの強い怒りをぶつける方だけでなく、
サイトの「在籍者情報」に、自分の名前があるのを見て
とてもショックを感じたという方もいらっしゃった。

僕は、急いで「在籍者情報」の公開を停止した。

少し考えれば分かること、と言われればそれまでだが…
僕のやっていることが、ザインにいた過去を後悔し、反省している方を
いたずらに傷つけていることを知り、大変申し訳なく思った。


こんなこともあった。
報道当時、現役の軍士の方が、2ちゃんねるのザインスレで、
一部レスの削除依頼をした。

「自分がやってることを棚に上げて、削除依頼を出すなんて、
 盗人猛々しいというやつじゃないか!」

頭にきた僕は、敵愾心を剥き出しにして、削除依頼に食い下がった。

その方と色々、メールで直接やり取りをしたのだが、
ザインや、その構成員への敵愾心を剥き出しにすることは、
少しは話が通じる、話がわかるはずの相手まで、無闇に傷つけてしまう。

そんな苦い思いを、身を以て味わった。


そして、報道の力に浮かれていた僕が一番ビックリしたのが、
TBS「報道特集」以降の反響だった。

テレビの影響力は甚大である。
2ちゃんねるのザインスレ、僕のサイトの掲示板共々、わんさと賑わった。
僕は、とても驚き、そして怖れた。

「報道の影響力」の大きさを。

当時、元軍士のネオ氏は、報道を機にザインを徹底的に「叩く」つもりでいたが、
僕は、不用意に報道の祭りに乗るような真似は、これ以上したくなかった。

取材される…というのは、過去のことを根掘り葉掘り聞かれるということだ。
僕自身が取材されるならまだいいけど、
他の人にそういう負担をできるだけかけたくなかったし、
そんな「犠牲」を払ってまで過熱報道に乗ることが正しいこととは
僕にはどうしても思えなかった。

そして、僕と連絡を取り合っている元軍士の仲間や友人も、同じような気持ちでいた。


僕は、とりあえず、下手に取材に応じることをやめた。
その時期と前後して、僕は「被害者女性を執拗に口説いている」と、
でたらめなことを掲示板に書かれ、叩かれた。

僕は、とてもショックだったし、
一時は「ザイン」の名前を聞くことさえ嫌になっていた。

とりあえず、心を落ち着ける必要があった。


そして…
僕が、これからやらなければいけないことは何か。
考える必要に迫られていた。

ザインを糾弾することか。
ザインの中の、特定の誰かを糾弾することか。
ザインの馬鹿さ加減をあざ笑うことか。

それとも。

ザインに苦しめられている人の力になることか。
ザインという団体について、とりあえず知っていただくことか。

―― 答えは、ハッキリしていた。

僕は、誰かを叩くよりも、誰かの助けになりたい。
少なくとも、そうしていたほうが、僕自身が喜びを感じられるから。


そんなわけで僕は、感情的にザインを糾弾したり、嘲笑したりする路線から、
現在の「ザインの実態の啓蒙」と「被害者のサポート」という
活動路線に切り替えることにした。

…そして、今に至る。

2008年11月24日

『復讐』と『人助け』と(1)

ザインをやめて1年余り。
立場をガラリと180°変えて、僕の「反ザイン活動」が始まった。


2ちゃんねるのザインスレで、いくつかの体験告白をした。
多かれ少なかれ、同じような経験をした方々が集まっていたからだろうか、
理解と共感を示してくれたことが、とても嬉しかった。

正直なところ…
この活動を始めるまでの間中ずっと、
僕は心に「ザインの呪縛」を抱えていたような気がする。

茜氏ほか、色んな上官の言ったことは正しくて、
それに反論するのは良くないことだと思っていたし、
ザインエネルギーの影響力が、確実に「ない」とまで言い切ることはできなかった。

スレ住人の方々に、「そうじゃないんだよ」と言われて、
とても嬉しかったし、安心もできた。
僕を縛り付ける心の鎖が、崩れていくのを感じていた。

確かに僕自身には色んな問題があるのかもしれないが、それでも
「あなたは世の中のフリーター代表だ!」という言い方をするのは
オカシイことなんだ、とようやく思えるようになった。


僕は、ザインへの怒りを吐き出すことを、躊躇しなくなっていった。
それは色んな問題を孕んでいたけれど、それでも僕にとっては、
自分が癒されるために必要なステップだったように思う。

スレに書かれていた情報や、新たに頂いた情報をもとに
過去から現在に至るまでザインに在籍していた人物の「在籍者情報」を
まとめてサイトにアップした。

本来ならば不特定多数に公開すべきではない、ヤバい情報だ。

―― ザインという団体は、一部の構成員を極端に祭り上げるから、
それを鵜呑みにして信じ込んでしまう人が出るかもしれない。

「尊敬すべき上官」という枠を外して見た、
良いも悪いも含めた、いち個人としての彼らの姿や、
小島露観の下した横暴な「放逐処分」の実態を不特定多数の人に知らせたい、
そんな考えで、僕はコンテンツを作った。

だけど、僕の中の、ザインへの怒りや復讐心が
こうした「後先考えない行動」の動機のひとつになっていたと思う。

ネオ氏やモーフィアス氏とつるんで、小島に「請求書」を送りつけたのも
そんな怒りや復讐心ゆえだった。

現役時代に小島から
「我に叛心ある者は、存在を抹殺する」と言われていたことを鵜呑みにしていて、
叛意を持つことすら恐れていた反動だったのか、
僕はすっかり、ちょっとした反逆者を気取っていた。


当初、僕は自分の正体がバレるのを恐れていたが、
途中から、そんなことはどうでも良くなっていった。
僕は、内部にいる人間に分かる形で、堂々と正体を明かして活動するようになった。

ザイン側は、ネット上の匿名批判を見ると「正体を明かせ」と言ってくる。
だから、匿名でないいち個人が、ザインに対してモノ申している姿を
見せてやったほうが良いのではないかと考えた。

斬られて、無気力になって、だらしない生活を送っているはずの「退国者」が、
ここまであからさまにザインに反抗してくる…ということは、
これまでの彼らの想定の外だったはずだ。

―― いっちょ、連中を驚かしてやれ。

僕の中には、そういう気持ちがあった。


また、こういうことをやっていると、
ザイン側が僕を拉致して監禁するんじゃないか…という怖れもあった。

でも、僕は止まらなかった。

「ザインに苦しめられた俺の人生なんて、どうなってもいいや」
「これで拉致されて殺されることがあっても、それも俺の人生かな」

そんな捨て鉢な投げやりさも、僕の中にあったのだ。

今振り返ると、なんて甘ちゃんな認識かとも思うのだが、
ザインのおかげで、俺は不本意な人生を歩む羽目になったのだ! という
怒りや悔しさが、心のどこかにあったからこそ、
僕は「もっと自分を大切にしよう」とは思えないでいた。


僕が反ザインのウェブサイトを始めたことを知り、母は反対した。
僕が「余計なこと」をして、またひどい目に遭わされないか心配してのことだと思う。

母の気持ちは理解できるが、サイトを閉じる気はさらさら無かった。
自分の中にある色んな複雑な気持ちは、母だけでなく、
家族の誰にも理解してもらえない…

母は、ザインをやめることができたのだから、
これからは僕に何の心配もない幸せな人生を歩んで欲しいと、
そう願っていたのだろう。

だが、ザインをやめたからといって、
僕の心が、人生が急にガラリと変わるわけではない。
TVのチャンネルを切り替えるように、心の切り替えなんてできるはずがないのだ。

僕は、憤りにも似た残念さを感じていた。


活動初期は、ザイン側のイタズラを怖れてメールアドレスを公開してはいなかったのだが、
思い切ってフリーのメールアカウントを取得してみた。

このことが、僕の活動の中身を、
そして、どこか捨て鉢だった僕の内面を徐々に変えていった。

かつての仲間から、情報提供や感想などのメールが来た。

彼ら、彼女らとやり取りしていて、
「辛かったのは、僕だけではないんだ」という気持ちになれた。
きっと、僕に連絡をしてくれた方々も、同じ気持ちだったのだろう。

こういうサイトができたことで、
人知れず抱えている「ザインに対する苦々しい気持ち」を
共有できるようになったことは、良かったのではないかと思う。


さらに、いつの間にか、

「ザインを辞めたいんですけど…」
「強い営業を受けているんですけど…」

こんな相談を受けるようになっていた。

僕はカルトの専門家でも、カウンセラーでもない。
でも、だからといって放ってはおけない。
僕に分かる範囲で、質問や相談に答え始めた。

僕のやっていることが、確実に誰かの役に立っている!
それは、とても嬉しいことだった。

「どうせ俺なんて…」みたいな卑屈な気持ち、捨て鉢だった気持ちが、
少しずつ、溶けていくのを感じていた。


―― 僕がこうして「反ザインサイト」を立ち上げたことについて、
たまに「勇気ありますね」というお言葉をかけて頂くことがあるけれど、

実際のところ、僕は、小心で臆病者で短気な人間だ。

元々の行動の動機に、ある種の義侠心もあるにはあったが、
それだけではなく、怒りや、復讐心や、自暴自棄の感情もあったわけで、
そんなに『高尚で、大層なもの』ではなかったのだ。

僕に勇気があるとすれば、それはいろんな人に
勇気を「分けて」もらったんじゃないかな…と思えてならない。

2008年11月23日

Riot、誕生

ザインから離れ、自由な生活を謳歌する日々。
その中で、「ザインにいた過去」という心のしこりを、僕はずっと抱えていた。

そんな僕に、いくつかの転機が訪れる。

2003年10月。
仕事を終えて携帯を覗くと、アドレス登録こそしていないものの、
見覚えのある番号から着信があった。

Zion渋谷店の、軍士専用回線からだった。

ご丁寧に、留守録にメッセージも残されていた。
声の主は、現ザイクス社長の上杉魁氏だった。

「お伝えしたいことがありますので、至急折り返しご連絡ください」

恐らく、復帰の要請だろう。
直感でピンと来た。

絶対に嫌だ!
条件反射で、すぐにそう思った。

ザインにいた5年弱の時間は、
僕の心にそれだけどんよりとしたものを残していたのだろう。

直ちに、メッセージを消去した。


…後になって知ったのだが、このときは組織を挙げての
「退国者への復帰勧告」が行われていて、
少なからぬ数の元軍士が、勧告に応じていた。

小島の思いつきによるクビ切りで構成員が少なくなり、
組織の地盤が揺らいだために、こんなことをしたのだろう。
実に嘆かわしい。

これも後で知ったことだが…
復帰勧告の文書は、僕の実家に送られていた。
実家の両親は、僕が再びザインに入ったのではないかと思って、
相当肝を冷やしたようである。

ザイン連中の無神経さに、ものすごく頭に来た。


否応なしに、僕の過去を刺激されるような日々。
そんな中、当時の僕は、占い ―― タロットと西洋占星術 ―― に興味を持ち、
2ちゃんねるの「占い板」、そして「占術理論実践板」を覗いていた。

そこに、とても気になる名前のスレッドを発見した。

ザイナスティア・金環蝕の内情を公開しよう!Part4

とても、とても気になったのだけど、怖くてなかなかリンクをクリックできなかった。

何か、怖いことが書いてあるんじゃないか。
僕の名前が出ていて、叩かれてはいないだろうか。

…もしかしたら、覗くことで、ザインエネルギーにより滅ぼされはしないか。
アホみたいだけど、そんなこともチラッと思った。

恐る恐る、リンクをクリックして、そこに書かれていることをじっくり読んだ。
そこでは、古代帝国軍時代に軍士をやっていたネオ氏が、当時の内情を暴露していた。

右翼団体に土下座させられる小島露観。
(株)ザインの、ひどいひどい内情。
僕のいた頃よりエスカレートしている「ディオニュイッソスの秘祭」というエロ儀式。
そして当時の、「やどり木問題」という放逐処分の乱発〜復帰勧告の一部始終。

―― こんな下らない人間、下らない連中に、僕の人生が振り回されていたのか?!

僕の感情は高ぶり、落胆とも憤りともつかない、
何とも言えない気持ちが胸の中に込み上げてきた。
ここにきて初めて僕は、ザインに対して怒りや恨みを持っている自分を確認した。

勢いで、僕は「Riot」というハンドルネームを名乗り、思いのたけを書き込んでいた。

(Riot…僕の好きなバンドの名前である。
 「暴動」という意味もさることながら、どんなに不遇な目に遭っても
 信じる音楽を続ける一本気な姿勢が、とても好きなのでこのHNにした)

僕が感じていたこと、思っていたことは、
他のスレ住人 ―― 僕と同じ退国者 ―― も感じていたことだったようで、
共感してもらえた。

心のしこりが少しだけ、取れたような気がした。

僕は、気持ちのままに、当時のことを色々と暴露していった。
そして、テンプレ情報の多さを見て、
「これは『まとめサイト』を作ったほうがいいんじゃないか?」と思い、
即座にサイトを立ち上げた。

こうして僕は、あなたの知る「Riot」になり、ご覧のサイト
「ザイン帝國の真実」(当時の呼称は「ザイナスティアの真実」)は生み出された。

(ちなみに…urlの『zynekiller』も、僕の好きなバンド:ジューダス・プリーストの名曲
 『Painkiller』から取っている。
 僕を知るザイン関係者によると、ハンドルネームやurlで、
 すぐに僕の正体を感付いてしまったそうだ。トホホ)

2008年11月22日

心の棘は刺さったまま

ザインから足を洗った僕。

実家に電話をかけ、母親にザインを辞めたことを伝えた。

ザインを辞めたこと=僕が全部間違っていたと認めることで、
それだと何だか僕が負けたようで、すごく嫌だったので、
僕はすぐに「言いたいことはあるだろうけど、何も言わないでほしい」と言葉を継いだ。

僕の中では、ザインを辞めることはすごく苦々しい決断だったのに、
それを「万歳、万歳」と喜ばれるのは、それこそ自分が惨めになるというものだ。

母が僕の気持ちをどこまで汲み取ってくれたのかは分からないが、
とりあえずその場では、何も言わないでいてくれた。


僕は、誰にも縛られない、自由な生活を謳歌し始めていた。

当時のザインは今と違って、インターネットそのものを害悪としていたので、
ザイン在籍時の僕は、ホームページを作ってみたかったものの、踏み切れずにいた。

ザインの重石がなくなり、やりたかったホームページ作りをやってみた。

インターネットって、そのお手軽さゆえか、ひとつ間違えれば有害にもなるけれど、
人と人の出会いを加速するには、最高のツールだと思う。

ホームページを作ったおかげで、苦い経験もしたけれど、
大切な友人や人生の先輩と知り合うことができた。


その一方で、僕の心に刺さっている「ザインにいた過去」という棘は、
時折僕を苦しめた。


ダイエットがてら近所をランニングしていて、ふと茜薔薇氏に言われたことを思い出す。

「あなたはフリーターのトップだ」

心が、モヤッとするのを感じる。

―― そんなに俺はダメな人間なのか?!
とりとめのない、自問自答が始まる。

音も立てず過ぎ行く日常の中で、僕の心に刺さっている棘が、チクチクと痛むのだった。
明るく楽しく日々を送っていても、どこかで何かが心に引っかかっている。
そんな、感じだった。


職場で、こんな出来事もあった。
仕事のとき、数人で雑談になり、当時の上司にこんなことを言われた。

「Riotは、宗教にハマりやすそうな性格してるなw」

彼は、僕がザインにいたことを知る由もないから、
軽い気持ちでこんなことを言ったのだと思う。

だが、この言葉は、僕の逆鱗に思いっきり触れた。
大人げ無いけど、僕はキレた。

何でこんなに僕が腹を立てたのか想像もつかない上司は、
正論で、僕の態度をひどくなじった。
すごく、苦々しくて、頭にきた。


確かに、僕はザインという束縛から解放された。
それでも、ザインにいたことは、僕の中で大きな心のしこりになっていたのだ。

2008年11月21日

降格、そして退国処分

「クレオパトラエレウシス」への一般人勧誘の指示は、どうやらマジらしい。

どうしよう、どうしよう…とグルグル悩んだけれど、
僕は絶対、ザインとは無関係の一般人を勧誘したくなかった。

僕がザインで軍士として活動しているのは、あくまでも自分の意志だ。
(これを言うとザイクスの皆様にイヤーな顔をされると思うが)
僕自身の意志や信条でやっていることであり、いたずらに他の人を巻き込みたくはない。

もし打ち明ける機会があり、相手に賛同してもらえそうだと思えたならば、
思い切ってザインについて話すこともあるけれど、
誰かを無差別に説き伏せてまで参加させようとは考えていなかったし、それは嫌だった。

職場の仲間は気のいい人たちだから、こんなザインの儀式なんかに誘いたくない。
かといって、長野や上田の駅前あたりで勧誘活動なんて、
こっ恥ずかくてできるわけがないと思った。


仕事を一日休んでまで、悩んで、悩んで、考えた。
そして、ひとつの結論を出した。

「自主降格しよう」

これ以上軍士を続けるのは、僕には荷が重かった。

その一方で僕は、小島の、ザインの思想には未だ賛同していた。
退国することで自分の内的メカニズムが破壊されるのは怖かったし、
ザインの行く末を見守りたい気持ちもあったので、
完全にザインと縁を切る「退国願」を出すことはできなかった。

「降格願」を書き、三沢台長宛に送った。
ポストに降格願を投函するときは、いけないことをしているような緊張感があったが、
投函してみたら大分気がラクになったのを覚えている。

僕は、これ以上、上官に問い詰められるのは嫌だった。
自分の気持ちや考えを、わざわざ説明したくなかったし、
いちいち反論を食らうのが嫌で嫌でたまらなかったし、それを恐れていた。

とりあえず、降格になってさえいればいい。
処分がきちんと下るまで、ザインの関係者とは話をしたくない。

そんなわけで、数日の間、携帯の電源を切っていた。


1週間後だったか、10日後だったか。
ザインから1通の封書が送られてきた。

僕は直感で「退国通知」だと思ったけど、それを自分の目で確認するのは怖かったので、
封さえ開けずにそのまま捨てた。

その後、ザインからのDMは一切届かなくなった。
どうやら、僕の直感は正しかったらしい。

……そっか、俺、退国になったんだ。
俺、これからどうなるんだろう……

僕は、自分の内的メカニズムが崩壊することを恐れていたのだけれど、
その一方で、もうこれ以上の重荷が科されることがなくなったことに
心から安堵していた。


退国処分が下った……と分かった時点で、
これまで使っていた道着やはちがね、DM、通達類、手持ちの聖品一式を全てゴミに出した。

「聖品は、ザインに敵対する者を破壊する」と言われていたので、
ザイン関係のものを持っていると、恐ろしいことになりそうな気がした。

それに、今だから言えることかもしれないけれど、
このとき僕は、心の奥はでザインを忌まわしく思っていて、
その呪縛を断ち切りたかったのかもしれない。


「退国処分」を受けると、内的メカニズムが崩壊して、
全てにおいてやる気を失い、無気力になり、
まるで廃人のような人生を送る結果になる…と言われていたけど、
僕は一体どうなるのか?

かなり恐れていたことは確かだったけど、その一方で
自分がどうなるか、冷静に観察して見届けたい気持ちもあった。

一週間、二週間と、時は過ぎていった。
でも、自分がダメになるような感覚もなかったし、
ザインのやったことで、世の中が一段と混乱するような様相も見えなかった。

それどころか…
職場の仲間と連れ立って、安いステーキ屋にステーキを食べに行ったり、
上司とウェイトトレーニングをやったりなど、結構楽しい時間を過ごしていた。


ここまできてようやく、僕は自分が「騙されていた」ことを理解した。
小島露観の力、ザインエネルギーは、喧伝されているような力などなかったのだ。

こんなとき人は、強い失望感や喪失感、挫折感で打ちのめされるケースが多いという。

でも僕は、騙されていたこと、
5年近くの間お金と時間とエネルギーをザインに注ぎ込んだことを後悔するよりも、
ザインから解放された安堵感のほうが、はるかに大きかった。

もう、月1万円(当時)の会費を払わなくてもいい。
ビビりながら通達を読まなくてもいい。
仕事を休むなどして、毎月の剣修練に出なくてもいい。
大枚をはたいて「万難参加」の儀式に出なくてもいい。

―― 僕は、自由になったんだ。

静かで、深い、喜びを感じていた。


2002年6月。
Riotは、こうしてザインと離れたのだった。


(余談になるが、クレオパトラ・エレウシスの勧誘の顛末についても書いておこう。
 軍士の多くは、まともに勧誘活動を行ったわけではないようである。
 「自分がお金を出すから、とりあえず登録だけさせて?」などと言い、
 自己負担で、家族や友人知人をクレオパトラ団・団員(=ザインの顧客)にしていった。
 また、勧誘をする気が無かった者は、後日「勧誘に動いたのだが、できなかった」と
 虚偽の報告を上げてきたという。
 こうした事実を知ったとき、あれほど悩み抜いたのが馬鹿馬鹿しくなった)

2008年11月20日

長野での新生活、そして軍令

長野での生活が始まった。

どうなることかと思ったが、心配は無用だった。
職場の先輩方をはじめ、多くの人は温かく、居心地は悪くなかった。


当時は長野に鎮台があり、修練も行われていた。
長野での初の修練で、当時の台長であった三沢さんにも「フリーター」呼ばわりされ、
小島露観が「Riotは、まだ皇朝にいるのか?(=まだクビになっていないのか?)」と
言っていたことを知らされた。

このときの修練にはS氏が来ていた。
まだ届いていない論文で、僕が名指しで○○呼ばわりされたことを教えてくれた。
「…ついに来たか」そう感じた。

実家を追い出されてまで必死にザインに付いてきたのに、この言われ様は何だろうか。

僕は彼らに反論しなかったし、反論する気もなかったし、
気持ちを切り替えて軍士として立派にやっていこうと頭では思っていた。
だが、このことで、心で張り詰めていたものが限界を迎えつつあった。
今振り返ってみると、そんな気がする。


翌月の修練。
三沢さんが、中央からの伝達事項を伝えてきた。

「7月に開催する儀式には『万難を排して』参加せよ」
「10月のクレオパトラエレウシスに、一般人を集めることになった。
 今から心しておくこと」

…また万難参加か。
 そして、一般人勧誘? マジですか?

このときもまだ、ハッキリと自覚できていなかったけど、
心のどこかで、もう「いっぱいいっぱいだな」と感じていた。

そのときの直会で、三沢さんが、ある男性軍士の陰口を叩きまくっていたことも、
僕の中の「ザインへの飽和感」を増すのにひと役買った。


一般人勧誘…本気なのかなぁ…

当時の僕は、それが「計画倒れ」になることを
頭の片隅で予想し、同時にそうなるように期待していた。

しかし、僕の予想に反して、小島露観は本気だった。
ほどなくして、こんな通達が送られてきた。

軍令
朝士各位ハ『クレオパトラエレウシス』ニ最低三名(二名)ノ参加者ヲ
外部カラ動員スベシ。
最低三名動員 北海道・九州・四国ヲ除く全地域在住朝士。
最低ニ名動員 北海道・九州・四国在住朝士。

コレハ軍令デアル。戦場ニ動員サレル苦ニ比スレバ何ノ苦有ラム。
我ガ令ヲ完遂セヨ。
多クノ数ヲ集メタル者ハソノ功ニヨリ位階昇級有ラム。
ナオ、(株)ザイン社員ニ関シテハ別途ノ令有リ。


……どうしよう。
僕は途方に暮れた。

2008年11月19日

親バレ、そして家を出る

このあたりのことは、思い出すのが正直苦痛だ。
でも、避けては通れないことだから、頑張って書いてみる。


―― ザインのことが、親にバレていた。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。

弟の話によると、どういうタイミングで僕を説得しようか、
色々と考えていたところだったらしい。

一応、DMや通達は個人名で送ってもらっていたが、
(論文やら通達やらDMやらがギッシリ入った)分厚い封筒が、
個人名で毎月送られてくるのだから、家族は次第に怪しいと思い始めたようである。

僕のいないところで机や押入のダンボールを調べ、ザインのDMや通達類を見つけて、
相当驚き、狼狽したのだろう。

息子が、変な宗教にハマっている!!
両親のショックは、いかばかりだったろうか。

かなり思案した挙句、とりあえず様子を見ようということになったようである。


両親もついに腹を決めたのか、すぐに僕への「説得」が始まった。
修羅場、だったなぁ。

父が、母が、口々に訴える。

「あの教祖は、お前が払ったお金でゼイタクしているんだぞ!
 それに引き換え、お前はこんなだらしない服装で…おかしいと思わないのか?」

「こんな、金がかかるようなヘンな宗教をやっていて、Riotは幸せなのか?
 こんなことをやっていて、意味があるのか?」

「ザインは必ず政権を取る! 
 時が来れば、こんなおかしな世の中を、必ず変えてくれるんだ!!」

「そんなのは嘘だ! お前はダマされているんだ!!」

「今に、分かる!!」


…両親に失望していた当時の僕は、
僕に黙ってこっそり通達類を覗き見ていたことに対して
「卑怯だ、汚いぞ」と、ものすごく怒っていた。

こんな横暴な説得になんて、応じてやるものか!!
そう、思った。


「親戚中探しても、アンタのように宗教にハマッたのはいない!」と興奮する母。

僕は、今でもそうなのだが、母のこういう感情的になるところがどうにも苦手だ。
親戚まで持ち出してああだこうだ言われて、余計にムカッ腹が立った。


両親の目の前で、ザインを辞めることを約束させられた。
とりあえず、父と母の前で、当時の直属の上官だったK班長に電話をかけた。

かなり狼狽気味で、親にザインのことがバレたこと、そして辞める旨を報告する僕。
父が携帯を奪い取り、「あなたは幹部ですか? いい加減にして下さい!」と言い放つ。


電話を切り、父も母も、一旦は安堵したのだが、
僕自身は全然納得がいっていなかった。

親が部屋から出て行ったのを見計らって、再びK班長に電話をかける。

「こういうことになっちゃったんですけど、どうすればいいですかね?」

「親に内緒で、活動を続ければいいと思いますよ」とK班長。

「自分も納得いかないので、そのように致します」と答え、電話を切った。


…ところが、この会話を母が、こっそり耳をそばだてて聴いていた。
僕が親を欺いたこと、そしてザインを辞める気が無いことを知り、
何ともつかない怒声を上げ、そして悲痛な叫びを上げた。

「優しいRiotに戻って!!」と。

今でも、母のこの叫びが耳に焼き付いている。
このときのことを思い出す度、本当に申し訳ないことをしたと思っている。

高血圧で体調があまり思わしくない母。
あまりのショックに耐えかねて、クラリと床に伏してしまった。


両親は、僕を説得できないと分かり、こう言った。

「お前が宗教をやめないのなら、家から出て行ってもらう」と。

そんなわけで、僕はまた実家を出ることになってしまった。


とはいえ、きちんと仕事をしているわけでもなければ、蓄えもないから、
アパートを借りることはできない。
必然的に、寮のあるところでしか仕事ができない。

新聞屋で働こうとしたが上手くいかず、
長野にて、派遣工員として働くことと相成った。

2008年11月18日

親との軋轢

精神的に弱り切った僕を見かねた両親の温かい提案に応じ、実家で暮らし始めた僕。

ケーキ作りの手伝いをしながら過ごす日々が始まった。


ザインの活動を続けていくには、お金がなければ困るので、
ほどなくして僕は、アルバイトを探し始めた。

「何でそこまで現金収入が欲しいのか?」と、両親は訝しがっていたに違いない。

弟のツテで、近所のコンビニのバイトが決まり、ぼちぼち働き始めた。


店は、かなり暇だった。

店の前の道路の交通量が多く、駐車場はあるものの、
車がなかなか駐車できないロケーション。

しかも今は昔と違い、コンビニのスイーツなんかも美味しくなっている。
競合が多い。

そんな中で、必死に現状をどうにかしようという意志の感じられない両親に、
僕はかなりガッカリした。

今までのケーキの製法を見直すわけでもなければ、
新メニューを開発するでもない。
そこに情熱が感じ取れないことに、僕はかなりガックリきた。

かつて忙しくしていた両親のイメージが、心の奥で鮮烈に残っていたからだろうか。
何となく店をやっている…としか思えない両親にだんだん失望していった。

いろいろ本を買い込んで、一人であれやこれやとケーキ作りを試し始めたり、
可能な範囲で、あちこちのケーキの食べ歩きを始めたりした。


―― 振り返ってみると、色んな工夫で経費を切り詰めるなど、
両親にとってみればこれ以上頑張れないところまで頑張っていたのだろうし、
必死で店をやり続け、僕ら子供たちを育て上げてきたことによる
「心の金属疲労」なんてのもあったのだと思う。

だが、そんな両親を思いやれる心の余裕や視野の広さ、深く感謝する心が当時の僕にはなかった。

結局、いくら理想をぶち上げても、それを現実のものにする腕もなければ、
外に出て修行するわけでもない。
これでは僕は、親に甘ったれている放蕩息子でしかない。

ここにきてもなお僕は、自分の甘さから目を背け続けていた。


不満だらけの実家生活。
そんな中、僕は弟に、ポロリとザインのことを話してみた。

弟は、こう返した。

「アンちゃん、皆黙ってるけど、アンちゃんのやってる剣のこと、知ってるんだよ」

―― 恐れていた事態が、ついに起こってしまった。
僕は、血の気が引くのを感じていた。




このブログでは、SEX教団・ザインザイクス天業古代王朝シリウス核石・の、内情と実態を書き綴っております。
シリウスは、詐欺まがい・押し売りまがいの霊感商法、性の儀式、軍事訓練などを行っております。
シリウス核石のことを知りたい方以外にも、ザイン(シリウス)を辞めた方、
ザイン(シリウス)を辞めようと考えている方、ザイン(シリウス)を辞めた元会員の方々・現在もシリウスに在籍する社員・会員の方に
ご覧になっていただきたいブログです。