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2014年08月16日

【翠剣氏への提言その1】問題は思想ではなく「行為と結果」である

ここまで翠剣氏のブログの内容をじっくり拝見して、色々と発言したいことが出てきましたので、この場において提言をさせていただきたいと思います。

まずひとつ、違和感とともに、はっきり気づいたことがあります。

なぜ、翠剣氏は露観のやってきたことをハッキリ否定しないのか?

翠剣氏は父・露観(伯壬旭)のやってきたことを踏襲せず、違う方向性で会社・組織を運営していくようですが、その一方で、露観のやってきたことを明確な言葉で否定しているわけではありません。
露観がやってきたことで元会員を精神的・金銭的に苦しませてしまったことについては謝罪の意を表明しましたが、そこから一歩踏み込んで、露観のやってきたことを「あれは間違っていた」と断じるまでには至っていません。

ブログ文面を見る限り、翠剣氏の意識は「個人がイキイキと生きられるための思想を構築し、それを内外に公開する」ほうにフォーカスしており、これまで露観や上杉が主導してやってきた数々の所業を評価することを避けているように思えてなりません。

私からしてみれば、非常にヌルいと感じます。

小島露観の思想活動は、会員が実人生をより良く生きる上で、全くといっていいほどプラスに作用していませんでした。

「心根が正しいものが栄え、不自然なもの・偽りのものは滅ぼされる」「ありのままの自然を尊ぶ」「苛めなどの卑劣な行為は許さない」といった思想は、現実社会の理不尽さに憤る会員が強く共感するものでした。しかし、その共感を利用して、ザインは(露観は)会員に「露観=時間の神の権化=絶対者」である、と強く信じさせるマインドコントロールを行ってきたのです。

ザインの会員たちは、思想によるマインドコントロールが強まるほどに「自然な自分が正しい、不自然な相手が間違っている」とする自己正当化の傾向が強まったり、「時間の神に従っているから大丈夫」と思い込み、現実逃避と思考停止に陥ったりしてきました。

さらに報道前後から、ザインの思想は「勧められた商品やサービスは、有無を言わさず買え」「エゴを捨てて、風俗で働け」「親を騙して金を引っ張って来い」といった外道な命令のバックボーン・理由付けとして機能するようになりました。

小島露観の思想は極端でいびつなものでしたが、一部の人々の共感を呼び惹きつけるものであったことも、また確かです。
しかし、その思想をベースに行われていたことは、「悪魔営業」「風俗の勧め」「人格否定」などの数々の非道や、「クーデター準備」「脱税」などの大小の反社会的行為でした。
その結果、会員は様々な苦しみを被り、また社会的な不利益をも被ることになったわけです。

ザイン思想の内容そのものも十分問題ではあるのですが、それ以上に、問題はザインのやってきた上記のような『行為』と、その『結果』にこそあります。

そして、ザインに批判的な元会員の多くは、ザインの思想そのものよりも、むしろ「ザインのやってきたことと、その結果」に傷つき、怒り、悲しみ、そして問題視しているのです。

さらに言えば、2005年以降のマスコミ報道においても、ザインの思想はほとんど取り上げられず、その行為と結果のみを取り上げていました。
ザインと直接関わったことのない世間において、小島露観の思想になど興味はなく、彼らのやってきた反社会的かつ奇矯な行為にこそ関心が向いていたわけです。

ザインの外にいる人々は「ザインのしてきた行為とその結果」にフォーカスし、問題視している。
翠剣氏は「ザインのしてきた行為と結果」以上に「ザインの思想や体制」にフォーカスしている。

この時点で、元会員あるいは一般世間と翠剣氏の間には、認識の溝があると言わざるを得ません。


もしかしたら翠剣氏は「人々の幸せに寄与する思想を構築し、現会員を教育し直すことが、問題解決にあたって自分の為すべきことである」と考えているのかもしれません。

でもそれは、今、注力すべきことではありません。

まずは「新たな思想を構築すること」よりも、我々と同じく「ザインのしてきた行為と結果」にフォーカスすることが絶対に必要なのです。

問題は、小島露観の思想そのものではなく、行為とその結果にある。
この認識が共有されない限り、翠剣氏と元会員(あるいは世間)との食い違いは解消されず、元会員が納得する形での決着もないでしょう。


続きます。



posted by Riot at 08:24| Comment(3) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月15日

オフ会開催しました/翠剣氏とシリウスへの疑義

どうも、Riotです。

題記のとおり、一昨日にオフ会を開催しまして、暑い中・お忙しい中、10名もの方にご参加いただきました。
和やかな雰囲気のもと、昨今のシリウスの変化、それぞれの近況など、色々と話に花が咲き、楽しく有意義な時間を過ごすことができました。

ご参加の皆様、おいでいただき、どうもありがとうございました。

また冬(年末)にもオフ会をやる予定ですので、いつもご参加いただいている方だけでなく、今回ご参加できなかった方や、未参加で参加をご検討していらっしゃる方も、もしよろしければご参加いただければと思います。


さて、今回のオフ会では、当然というべきか「小島翠剣(伯翠剣)氏の謝罪および一連のアクション」について話題になりました。
そして、シリウスの実情を深く知る複数の参加者から「どこまで本気なのか分からない」という声が上がったのです。

その根拠として、過去の翠剣氏の言動を問題視する声がありました。
詳細なレベルで具体的に書くことは避けますが、

・そもそも、直に部下と関わることが少ないため、リアルな実情がわからない
・軍士が高額の出費をする(軍資金を拠出する)ことを「当然だ」と認識していたようで、実際にそうした発言があった
・部下に対して、失礼な態度で接することがあった


と、このような様子であったと聞きました。

これらはあくまでも過去のことです。現在の翠剣氏が部下や会員に対しどう考えどう接しているのかは、今のところ知る由がない以上、私達には分かりません。

しかしながら、自らのこうした言動について何の反省もなく、旧来の「絶対的に君臨するトップ」「トップに(あるいは組織に)絶対的に忠実に仕える部下」という構図が翠剣氏の頭から完全に抜け切れていないようでは、「謝罪は口だけじゃないか」と言わざるを得ません。

絶対的な上下関係、そして滅私奉公は、カルトの特質です。
そして、シリウスの諸問題が「ザインのカルト性」によって生じたことを考えると、まずは翠剣氏個人が、こうした自身の思考や言動を省みて、内外に反省の意を表明し、改めるべきところは改めるべきではないでしょうか。


また、「翠剣氏が守旧派の部下に取り込まれるのではないか?」という危惧の声も聞かれました。

具体的には、父・露観(伯壬旭)が波動参謀の言うことを鵜呑みにして組織や個人の人生をメチャメチャにしてしまったのと同じく、部下の告げ口や報告を鵜呑みにしてしまわないか? ということです。

波動参謀制度こそなくなりましたが、これまで「波動」にかこつけて、あることないこと様々な告げ口をしてきた部下は未だ健在のようです。翠剣氏がそうした告げ口を鵜呑みにするようでは、結局、組織の実態は変わることなどないでしょう。


さらに「実は露観が、部下に『翠剣についていけ』と命じていたのではないか?」という声もありました。
シリウス同胞団の団員は、自発的に翠剣氏についていったのではなく、露観に命じられて翠剣に従っているだけで、実際は翠剣氏の思想や言動を心から支持していないのではないか? という疑いもあります。

先日の記事で私は「露観は実質的に部下に否定された」と書きましたが、もし上記が本当だとするなら、ほとんどの者が翠剣氏についていったこと自体が、とんだ茶番である…ということになります。

シリウスの現社員をはじめとする現会員の発言が全くない以上、実際のところは全く分かりません。
が、これまでのザインが「露観への絶対的な信」を要求し、現会員の多くが露観に無条件に従っていた人々である以上、こうした可能性も拭いきれません。


元社員・元会員からこうした感想・意見が出た…ということを読者の皆様にお伝えするとともに、翠剣氏にはこうした意見に対ししっかりと向き合い、明らかにすべき点は明らかにしていただくことを求める次第です。


posted by Riot at 21:32| Comment(1) | 意見・提言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月13日

翠剣氏がトップになった「シリウス同胞団」の動向のまとめ・分析・見解

翠剣氏がトップになってからのザイン(Σ機関・シリウス同胞団)には様々な動きがありましたが、その動向をこちらの記事にまとめておこうと思います。
なお、記事には事実関係だけでなく、私なりの分析や推測、見解も含まれていることを、予めお断りしておきます。


【分裂までの流れ】
2009年末に小島露観(伯壬旭)の長男・翠剣氏がシリウスに入社、それから少しずつ、ザインは世代交代の動きを加速させていきました。

露観は何度も不老不死の儀式を行っていて老化しないのだから、本来は世代交代の必要などないのですが、それを突っついていると話が進まないので(苦笑)

当初翠剣氏は、露観の思想を信じ、露観が築いた組織の慣例を踏襲しており、(株)シリウスの会長として会社経営に参加し始めました。
シリウスのジリ貧・先細りの現状については「このままでは良くない」と思っていたようで、2011〜12年頃のザイン色を大幅に減らしたDMは、恐らく翠剣氏主導であったものとみられます。(後々の彼の言動と照らし合わせて、そう推測する次第です)

その一方で、実務上の権限は上杉魁が握っており、露観がそれを全て追認する状況でありました。
表面上は、以前のような「破邪顕正」「自然復興」などのザイン思想はこれまでよりも薄味に変化しましたが、行けそうだと判断した顧客に対して、しつこく高額な商品の営業をかける…といった内実は以前のままでした。

また、翠剣氏は実際においては父・露観よりも人としての良心が残っており「露観が続けてきた波動断罪を嫌っている」「いわゆる追放処分である退国制度には批判的」と、そういうスタンスでありました。
これまでの発言を総合するに、方法や思考プロセスはさておいて、翠剣氏は少なくとも露観以上に会員の幸せ・人々の幸せを考えているのではないかと、私は推察します。
多くの部下・会員が、目指す「幸せ」どころか、逆に不幸になっているようにしか見えない現状を見知るにつれ、露観の生み出したザインの体制・体質に不信感を抱き「これじゃない」と思うようになっていったのは、想像に難くありません。

こうして、旧来のザイン的なものに懐疑を抱きはじめた翠剣氏は、何度も露観や上杉を諌めたのでしょうが、やはりというべきか、彼らが翠剣氏に耳を貸すことはありませんでした。

そうこうしているうちに、週刊FLASHに取り上げられたほか、東京や大阪の店舗のみならず、沼津の社屋からも撤退しなければならない状況に陥ったシリウス。翠剣氏は、組織体制・経営の両面において強い危機感を抱いたものと思われます。

露観と翠剣氏の思想・立ち位置の違い。
その溝は大きくなる一方で、共にシリウスを運営していくことができないほどのものになっていました。

こうして、翠剣氏は「天業古代王朝」を引き継ぎ、露観は離脱。「Σ機関」を立ち上げ、今に至る…というわけです。


【分裂後の翠剣氏の動向】
天業古代王朝を引き継いだ翠剣氏は、以下を実行しました。

・天業古代王朝を「シリウス同胞団」と改名
・位階の廃止
・退国制度の撤廃
・波動巫女制度の撤廃
・義務としての剣制度の廃止
・自らがクリストスであることの白紙化
・自らの思想「天智学」を内部に向けて公開

父・露観がつくってきた組織の慣例を(とりあえずルール面において)大きくぶち壊すこれらの施策は、ザインの実態を知る元会員にとっては驚きでした。
そして、露観の作り上げた体制・慣例に染まりきった現会員には、驚きと大きな戸惑いがあったであろうと推察できます。

対外的には、ザインと関わって精神的・金銭的に苦しんだ(あるいは、現在進行形で苦しんでいる)元会員に対し、その責任を自ら引き受ける意向を示しました。
元会員に対し「これまで頑なに拒んできた対話に応じること」「法に則って(時効の場合はケースバイケースで)金銭的な補償に応じる」旨を公言しております。

父親がやってきたことの結果を、彼なりに重く見てのことでしょう。

これまでザインがやってきたことを総括した上で、組織の代表として謝罪コメントを出すことを表明したのでした。

しかしながら、現在進行形で苦しんでいる元会員の声を直接受け、相当のショックとインパクトがあったのでしょう、自らの認識が甘かったと認識した翠剣氏は、前言を翻して元会員に直ちに謝罪、「露観や上杉を巻き込んでこの問題に決着をつけていく」と表明したのでした。

その後、翠剣氏は露観や上杉と会ったりメールしたり、色々とアプローチしているようですが、露観は上杉を庇い、翠剣氏にブログ削除を要求するなど、全く心を入れ替える様子がありません。嘆かわしいことではありますが「やはり」といったところでしょう。

この一連の変化は、シリウスをより健全な組織に生まれ変わらせようという動きとしては一定の評価ができるものではありますが、今のところ、それ以上の評価を下せるものではない…というのが実情です。

なぜなら、元会員にしてみれば『謝罪以上の具体的な動きがない』からです。そして「ザインの健全化」という視点で考えるならば、現在の会員の様子・現在のシリウスの事業のあり方、これらが全く明らかになっておりません。特に、悪魔営業などの反社会行為に携わり、今もシリウス内に在籍する現メンバーの処遇をどうするか(どうしたか)は、今もって翠剣氏からは言及されておりません。

ザインの現代表が謝罪した…というのは確かに大きな出来事ですが、その一方で、ザイン問題は翠剣氏だけが頭を下げて「はい、OK」と決着するような話ではありません。
まずは現在のシリウスの実情が可能な限り明らかにされること、そしてこの先のシリウスの変化次第で、判断・評価がなされるものであると思います。


【分裂後の小島露観の動向】
Σ機関は、緑姫・上杉をメンバーに加え、構成員は(特に何か変化がなければ)たった3名…という状態です。

シリウスと関わった多数の元会員に加え、息子やこれまでの部下にそっぽを向かれる…という事態。時ここに至って「露観は事実上、ほとんどの者に否定された」といえるでしょう。

活動内容は、外国人向けに英語のスピーチをyoutubeにアップする…くらいしか確認できていません。
昔から露観は外国人への思想の流布を考えていたようですが、今のところ、実際に外国人シンパやカネが集まっているような気配はありません。

また、名称が一時「Σ宇宙魔術軍」であったことから、相変わらず、全く効果のみられない魔術(苦笑)にご執心されていることは想像に難くありません。

現状、あまりにショボすぎるΣ機関ですが、動画の内容をざっくり見ると相変わらずのザイン思想ですので、潜在的な危険性は拭えない…といえます。私としましては、シリウス同胞団同様、関心を持って観察・注視を続けたいところです。



2014年07月27日

今年は夏にもオフやります★元会員有志のオフ会2014夏@東京★

どうも、Riotです。
シリウスのトップの交代、活動方針の大転換など、色々な動きがございますが、それはそれとして…
オフ会の告知でございます。

今年は夏にも、東京にてオフ会を開催する運びとなりました。
喫茶店の個室スペースでお茶しながら、最近のシリウスの激動とこれから、それぞれの今とこれから、など、色々和やかに語り合いましょう♪

日時:2014年8月13日(水)13:00〜17:00
場所:新宿

なお、お申し込みの締め切りは、2日前の8月11日(月)とさせていただきますので、すみませんがよろしくお願いします。

※受付終了しました。


   by Riot


posted by Riot at 22:43| Comment(0) | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

【速報】翠剣氏、元会員に謝罪の意を表明

伯翠剣氏のブログには、私や他の元会員から、多数のコメントが寄せられております。
翠剣氏の立場であれば当然、シリウスに批判的な元会員のサイトやブログなどを今まで目にしてきたことがあるはずですが、それが自分に直接向けられたことがなかったため「どこか他人事」の感覚で受け止めてしまっていたのでしょう。
元会員の声を直接に受け止めた結果、ついに翠剣氏は元会員に謝罪の意を表明したのでした。

私の欺瞞を認めます

これまでトップだった、当時の責任者(露観・緑姫・上杉)の謝罪ではないものの、ついにシリウスは、トップが元会員に対し、その罪を認めて謝罪するに至ったのでした。

ザイン(天業古代王朝)の分裂〜翠剣氏主導の路線変更も大きな出来事でしたが、今回の謝罪は、ひとつの大きな区切りではないかと思います。
こういう言い回しを嫌がる方もいらっしゃるかもしれませんが…「天は、何だかんだで適切な結果を、我々にもたらす」のだな、と、私としては感慨深く思っております。

人によっては、「シリウスの敗北ざまぁw」なんて思う人もいるかもしれません。
何をどう思おうと個人の自由ではございますが、上記リンクの記事をご覧いただければ分かるとおり、翠剣氏は真摯に我々元会員や、これまでの出来事と向き合っており、早速露観や緑姫と直談判する…とのことです。
この覚悟と勇気を振り絞るのは、きっと、誰にでもできることじゃない。
だから、どうか、彼を侮辱するような行為は控えていただきたく思う次第です。

そして、今の流れがどのように帰結していくのか、流れの中で私が為すべきことを為しつつも、真剣に見守りたいと思っております。


なお、今回の動きに関して、当方の見解を述べる前に、翠剣氏の考えやシリウス同胞団の現状を知るために、翠剣氏のブログコメント欄にて、様々な質問をさせて頂いております。

>ローランドさん のコメント欄

質問が多岐にわたる上に、現在のこの状況、お答えいただくには時間がかかるでしょうが、必ずや答えていただけると思いますので、回答を興味深く待ちたいと思います。


2014年07月10日

【速報】翠剣、露観と別路線をいくと宣言

昨日の記事の続きを、近日中に書こうと思ったのですが…
ブログコメントを見てたいそう驚き、とりあえず告知だけでも、と、急いで記事をアップしております。

シリウスの現社長にして、伯壬旭の長男である伯翠剣が、ブログを立ち上げました。
とある学徒の進化論(エヴォリューション)

その中で、父の神文学に懐疑的な立場をとり、
独自の道をゆくことを宣言しております。
一神教と私の思想の違い(その1)

また、その思想は「神文学」でも「神智学」でもなく「天智学」と名づける、とのことです。
神の時代から天の時代へ(天智学、誕生!)

この件につきまして、数日中に、思うところ・考えるところをまとめ、コメントを出したいと思います。
まずはお知らせまで。


2014年07月09日

シリウス(ザイン・天業古代王朝)の動向のまとめと分析(1)

どうも、Riotです。
ここしばらくのシリウス(ザイン・ザイクス・天業古代王朝)の動きについて取り上げるとともに、当方の分析と見解を書き記しておきたいと思います。


■小島夫妻の取締役退任

シリウスクラブでの告知のとおり、5月末日を以て、小島露観・緑姫(伯壬旭・緑姫)夫妻が株式会社シリウスの取締役を退任し、取締役は代表取締役・伯翠剣(小島翠剣)社長のみとなりました。

※むろん、ここに告知されていることと事実は、異なる可能性があります。
現在の登記簿の内容をそのまま公開したものではないため、他の取締役(その中には、悪魔営業を推進してきた上杉魁も含まれる)が引き続き残っている可能性は否定できません。

さて、シリウス側の告知が正しいものとして話を進めると…

今回の役員退任、そして取締役の一本化には、様々な狙いがあるものと思われます。

まずは世代交代ですね。露観・緑姫はそれぞれ高齢で、後継者たる息子にしっかり任せようということです。

この世代交代は、内部においても、翠剣をこれまで以上に「一切の反論を入れずに従うべき絶対者」として扱うような動きがあるのではないか…と想像します。
今までも「皇帝家の子供」「丞相」ということで「応分の礼」がとられてきたでしょうが、今後はさらに「翠剣に従え」という動きが加速することでしょう。北朝鮮のように。
わずかに残っている会員に対して「これには宇宙的な意味がある」「シリウスのますますの発展が確定した」といったトンチンカンな通達がいっていることは、想像に難くありません(苦笑)

また、世代交代により、小島夫妻の指向が色濃いこれまでの経営方針・商品企画をリフレッシュし、より堅実な経営、より魅力的な印象を与える商品企画へとシフトしていく意図があるのではないかと思われます。
ただし、翠剣もシリウスも「神文学=小島露観」の存在が前提にあるため、露観の理論や思想から逸脱したことはできず、もし変化があったとしても、小手先レベルの変化にとどまるものと予想できます。

とはいえ、翠剣に任せるとはいっても、露観・緑姫夫妻は表に出なくなっただけで、これからも強い影響力を隠然と発揮するのではないでしょうか。昔々の「院政」のように。
そもそも、天業古代王朝自体が、現在も小島露観(伯壬旭)がトップに君臨しているであろう以上、その影響力がなくなるはずがないのです。

露観・緑姫が表に出ない…ということは、この二人が表に立ってきた時代にやってきたこと・起こったことへの負の影響力を払拭したい、という狙いもあることでしょう。
「悪魔営業」「報道騒ぎ」「風俗の勧め」など、彼らにとっては消し去りたい出来事であり、それらの出来事が語られるときには、必ず小島露観の名前がついて回ります。その逆もまた然りで、露観の名前が表に出ることは、シリウスの汚点が暴かれる・気付かれることに直結します。
小島夫妻の名前自体を出さなくすることによって、イメージの失墜を防ぎ、今後のイメージアップに繋げていく、そんな狙いもありそうです。

さらに、小島夫妻が取締役を外れることは、裁判の訴追を免れる、そんな意図もあるのではないかと思われます。
もっとも、これまでのDMや過去の判例などを当たれば、小島露観が主導して核石を売り、悪魔営業や風俗の勧めを追認してきたことは明らかであり、取締役を外れたところで訴追を免れることはできないでしょうが。


というわけで、今回の役員人事のシリウス側の狙いについての当方の分析をまとめると、以下のようになります。

1)世代交代の強い推進、翠剣への権限委譲
2)これまでの経営方針・商品企画のリフレッシュ
3)これまでやってきたことによる負の影響を払拭する
4)小島夫妻が、裁判で訴追を免れるため

・ただし、神文学=小島露観あっての小島翠剣・シリウスであるため、変化は小手先のものにとどまる公算が大きい。
・また、小島夫妻はこれからも隠然と影響力を発揮し続けるはずである。



続きます。
当初書こうとしたことを、大きく覆さざるを得ない変化がありました。


2014年05月11日

ヴィヴァ・プリマヴェーラと「希望」について

最近、目立った動きを見せないザイン(シリウス・ザイクス)ですが、「ヴィヴァ・プリマベーラ」という、期間限定の聖品販売企画をやっております。
翠剣社長と雅樂元三氏の対談と併せて、販売サイトを立ち上げていますね。

シリウス・キャンペーン特別号『ヴィヴァ・プリマヴェーラ』

ザイン(シリウス)側の趣旨をまとめると、このような内容でございます。

・現代社会では希望が持てない。色んなところから邪魔が入るため、自分の究極の幸福に向かって迷わず進んでいくことが難しいからである。

・希望とは「自分の究極の幸福の形に近づいていける」という確信である。

・究極の幸福の形は天与のもので、眉間の奥の「命根」に元々入っている。
 だが、そこにアクセスできる人は少ない。

・さらに、命根とハートの間の回路が詰まって分断されているため、人々は希望を感じることができなかったり、希望を持続的に感じることができない。

・したがって、命根を活性化させ、命根とハートの詰まりを取ってあげれば、新しい希望が現われ、希望の達成に向かって前進できるようになり、どんな逆境に置かれても希望を見失うことはない。

・今回の「ヴィヴァ・プリマヴェーラ」という聖品は、命根を活性化し命根とハートの詰まりを除去するために、春の女神オードのエネルギーを入れたものになっている。
また、「希望の開花」というコンセプトにより、希望が花開くように、花をモチーフとしている。


上記のような理屈とコンセプトで、いつものように、パワーストーンを用いたアクセサリーを販売しております。
価格は、安いもので5万円、高いもので17万円と、相変わらずお安くない値段がつけられています。
ちなみに、販売サイトでは、一番高価な「バラ・コレクション(栄華のエネルギー)」が一番上にありまして、儲かってなくてとにかく大きな売り上げが欲しいシリウスの現状が見て取れます。

なお、上記のとおり期間限定で、今月末までの販売だそうです。


シリウスに関わってしまった方からすれば「あぁ、またか」という、散々デジャブな内容ですね。

現代を否定して、スピリチュアルと似非科学を根拠にして、迷える人々を誘引する。
思いつき+過去の焼き直しで、全く練られていない・仕込みが甘い。


(春の女神オード・エレウシスという儀式が、過去にありました)

今までやってきたことを縮小再生産している…と、そんな感じの内容でございます。

ちなみに、販売サイトには…

※この広告文における記述は、シリウスが理論の根拠としている神智学にもとづいての説明となります。科学的な断定を謳うものではございませんので、御了承ください。

という免責事項(事前の言い訳)がしっかりと書かれています。
おかしいなぁ、そこに書かれてる内容は、神智学の範疇を超えた創作が多分に混じってますよね…「神文学」って言葉を使わないのは何故なのでしょうかねぇ(生暖かく苦笑)。


いつものことかもしれませんが、「希望が持てなくなる現代社会」という言葉で、迷える人をミスリードするザイン(ザイクス)って、本当に罪深いなと思います。
今が充実してなくて、様々なメディアの情報に乗せられやすくて、今とこれからをどうしていいのか分からず途方に暮れてる人が、シリウスの謳い文句に共鳴してしまうんですよね。
彼ら彼女らを「未熟」「情弱」「自己責任」と切って捨てるのは簡単ですが、そういう人々を「現代という時代のせいにする」「内的メカニズムのせいにする」ことでミスリードし、搾取し、さらに迷わせることは卑怯な行いだと考えます。


ちょっと冷静になって論理的に考えると…
現代という時代のせいで希望が持てないのであれば、今を生きる全ての人が希望を持てていない…ということになりますよね。
でも現実は、全くそんなことはない。
ちょっと冷静になって世の中を観察してみれば、希望を持って今を生きている人だって、たくさんいます。


希望が持てないのは、現代のせいじゃありません。

希望を心に感じられていない。
そんな自分自身を否定的に見て、気にしてる。
そして、自分と同じような人たちばかりが目に付いてしまう。


ただ、それだけのことでございます。

ときには苦しんだり迷ったり間違ったりしながらも、そんなこんなを踏まえて糧として、今をしっかりと生きる。
その中で、希望って、見えてくる・感じられると思うのです。

しかし、人生がうまくいかない、面白くないのを「時代のせい」「内的メカニズムのせい」にしてしまうと、今の自分ができること・したほうがいいことに目が向かなくなって、今必要な行動をとらないし、その結果を自分で引き受けることもありません。
そんな状態で見える希望は、残念ながら、まやかしで仮初めのものでしかないのです。

いつでも希望でいっぱいなはずのシリウスがなぜか儲からなくなり、東京や大阪、本社があった沼津の店舗も閉めて、裾野の奥に引っ込むに至ったのは、それがまやかしの希望だったからでしょう。(もしくは、小島露観(伯壬旭)に「破滅願望」という種類の希望があった、のかもしれません)

ともあれ、シリウスの提示する理論は空論、そこにある希望はまやかしですので、この記事をお読みになっている方で、今までシリウスと関わったことがなく「ヴィヴァ・プリマヴェーラ」が気になる…という方がもしいらっしゃいましたら、ちょっと一呼吸置いて、もう一度考え直して頂けたらと思います。




2014年04月05日

「信じること、思うこと」について、改めて考えてみる

しばらく前の話になるが、愛知・江南市にある永正寺のお坊さんである中村建岳さんのお話を拝聴してきた。
題して「宗教の仕組みと危険性」。

こちらのブログ(中村建岳さんのブログ)に、要旨が記事化されております

メジャー・新興を問わず、宗教が危険になるのは「信じて上手くいかなかったとき、さらに強く信じることを勧められる」ときだと中村さんは言う。
危険な宗教は、布施し(金を出し)、教えを広め(勧誘し)、迫害に屈しない(身近な人の忠告に耳を貸さない)、そういった信仰の証を立てることを要求する。
そして、強く信じることで、自分が信じるもの以外を否定する『他者否定』、そして自分が信じるものとそぐわない現実を認めず無視する『現実無視』という、2つの問題が発生する…という話だった。

うん、どこかで聞いた様な、体験したような話ですなぁ。

現代の日本では、大半の人々は信仰する宗教を持たず、信仰という行為にどこか精神的に距離を置いている。
その一方で、少なからぬ数の人々が、信じること、強く思うことで、120%の力が引き出され、夢や目標が達成できる、闘争に打ち勝つことができる…と、心のどこかで思っている。
神を戴く宗教こそ広く普及していないが、「精神論」という名の宗教は、その賛否はさておき、多くの人に信じられている(あるいは、反発の対象となっている)。

そう、僕らは、宗教はキライだけど、精神論は何だかんだで大好きなのだ(苦笑)

「思考は現実化する」に代表される成功法則とか、「引き寄せの法則」のような現世利益系のスピリチュアルとかは言うに及ばず、漫画やアニメやドラマなどの娯楽作品とかに至るまで、「強く思うことでうまくいく」という触れ込みに、フラフラと惹かれてしまう。

強い思いって、熱くて、力強くて、何だか不可能を可能にするような気がする。
実際、強い思いをもとに事を成した人の話(リアル・創作問わず)って、すっごくドラマチックだ。

満身創痍でボロボロの死にかけの身体で、第六感を超えた第七感に目覚め、奇跡的で圧倒的な宇宙パワーで、さっきまで一方的にやられてたはずの強大な敵を打ち倒す! みたいな(苦笑)

僕らの人生は、思い通りに行かないことが多い。自分の力が及ばなかったり、何かに・誰かに邪魔されたり、まぁ色々な理由で、思った通りにはいかない。
そもそも、我々の思い自体、日々の生活のドタバタの中で揺らいだり移ろったりする。

だからこそ「強い思いを以て事を成す」ことに、僕らは惹かれるのだろう。

しかし、強く思えばそれだけでうまくいくほど、現実は甘くない。
むしろ、思えば思うほど、それぞれの思いの正しさを主張するあまり、しなくてもいい争いを引き起こしたり、思いが高じて空回りしたり、目の前の事実を冷静に振り返り検証することができなくなったり、してしまうことが多いのだ。

こういう「精神偏重主義」の弊害って、ホント、ザインとか宗教とかに限ったことじゃない。
ビジネスとか、スピリチュアルとか、果ては日々の生活に至るまで、自覚のないままに「うまくいかないのは、気持ちが足りないからだ!」と思ってしまってる人、けっこう多いのではなかろうか。

例えば「寝坊するのは、起きようとする気持ちが足りないからだ!」とか「勉強に身が入らないのは、やる気がないからだ!」とか。

これ、ごくごく当たり前なことを言ってるようだけど、実際は、前者の場合「早く寝ていない」「目覚ましをかけ忘れた」とか、後者の場合「疲労で集中できない」「勉強以外の目先の楽しみに気をとられている」とか、そういった明確な理由がある。
それを安易に精神論で片付けようとすると、現実を把握して対処することが、思いっきり疎かになってしまうわけだ。

「早寝する」「目覚ましを2つセットする」「おめざを用意する」といった対処法をとらずして「起きる気がない」で済ませるのって、すっごく滑稽で愚かなことだと思う。
その一方で、精神論って、一見まっとうなことを言ってるように思えてしまう。そこがとても怖い。

まぁ確かに、何かを信じること、強く思うことは、時として大きな力をもたらす。
しかし、それって、意図して信じたり思ったりする、そういう種類のものではないんだよね。

例えるなら、特に好きでも嫌いでもない、接点があるわけでもない異性を「私はこの人を好きになる、好きになる、好きになる!」と強く思ってみても、ちっとも好きにならないのと同じことだ。
そんなことをしても、心はときめかないし、ドキドキもしないし、この人を大切にしたいという気持ちにもならないもんね。

信じようとする、意識的に強く思う、そういう意図的な行為を超えたところに「信じること」「思うこと」の力と素晴らしさがあるんじゃないかな、と僕は思う。

posted by Riot at 22:35| Comment(4) | 徒然語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

うんざりするほど、やる。

うんざりするほど、やる。

いわゆる成功者と呼ばれてる人は、うんざりするほど行動と反省を積み重ね、社会的な成功を勝ち取ってきた。
僕らの日々の仕事でも、うんざりするほど仕事を積み重ねることで、スキルアップしていく。
受験勉強なんかでも、うんざりするほどの学習量をこなすことで、難関大学に合格できる。

「うんざりするほど、何かをやる」ことで、何かを得られる…というのは、この世の真理…なのかもしれない。

それを踏まえて、僕らの卑近な日常生活を思い返してみると…

僕らの日常は、うんざりすることで満ち溢れている。
日々の出来事にうんざりし、聞き分けのない他人にうんざりし、思うようにいかない結果にうんざりする。

確かに色々とうんざりするんだけど、それが高じたときに、人は「このままじゃいけない」と本気で思うようになって、パラダイムシフトが起こる。
今までの自分をかなぐり捨てて(手放して)、これまでとは別の考え方や方法を取り入れようとするんだよね。

そう考えてみると、うんざりするっていうのも、そう悪いことばかりではないようだ。
うんざりは、「今のままではいけない(楽しくない、心地良くない)」って本気で思う原動力であり、そこに至るまでの大切なステップであるから。

頭と精神が色々と捻じ曲がってる風なアンチクショウも、そんな自分自身に心底うんざりするまでは、きっと「本人が心底うんざりするまで、そういう人格でい続ける」修行と努力の真っ最中なのだ。

色々とアレな馬鹿野郎も、成功者も、受験生も、日々の仕事に臨む我々も、社会的な評価は置いといて

「うんざりするほど、何かをやっている」

点においては等しく立派で、ある意味ストイックですらある。

そう考えると、腹が立って仕方がない馬鹿野郎も、立派な修行僧の如く見えてくるから不思議だ(^^;

そんなわけで…
今これから、何を、うんざりするほどやりましょうか?^^

※追記
この文章は、小島露観やザインがこれまでにしてきた「行為」を許そう…という意図で書いたものではありません。
それは許さない、絶対に。
だからこそ、僕はこのブログやサイトを続けているのです。
あらぬ誤解を招く可能性があると思い、念のために追記いたしました。

posted by Riot at 21:17| Comment(7) | 徒然語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

このブログでは、SEX教団・ザインザイクス天業古代王朝シリウス核石・の、内情と実態を書き綴っております。
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