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2014年08月13日

翠剣氏がトップになった「シリウス同胞団」の動向のまとめ・分析・見解

翠剣氏がトップになってからのザイン(Σ機関・シリウス同胞団)には様々な動きがありましたが、その動向をこちらの記事にまとめておこうと思います。
なお、記事には事実関係だけでなく、私なりの分析や推測、見解も含まれていることを、予めお断りしておきます。


【分裂までの流れ】
2009年末に小島露観(伯壬旭)の長男・翠剣氏がシリウスに入社、それから少しずつ、ザインは世代交代の動きを加速させていきました。

露観は何度も不老不死の儀式を行っていて老化しないのだから、本来は世代交代の必要などないのですが、それを突っついていると話が進まないので(苦笑)

当初翠剣氏は、露観の思想を信じ、露観が築いた組織の慣例を踏襲しており、(株)シリウスの会長として会社経営に参加し始めました。
シリウスのジリ貧・先細りの現状については「このままでは良くない」と思っていたようで、2011〜12年頃のザイン色を大幅に減らしたDMは、恐らく翠剣氏主導であったものとみられます。(後々の彼の言動と照らし合わせて、そう推測する次第です)

その一方で、実務上の権限は上杉魁が握っており、露観がそれを全て追認する状況でありました。
表面上は、以前のような「破邪顕正」「自然復興」などのザイン思想はこれまでよりも薄味に変化しましたが、行けそうだと判断した顧客に対して、しつこく高額な商品の営業をかける…といった内実は以前のままでした。

また、翠剣氏は実際においては父・露観よりも人としての良心が残っており「露観が続けてきた波動断罪を嫌っている」「いわゆる追放処分である退国制度には批判的」と、そういうスタンスでありました。
これまでの発言を総合するに、方法や思考プロセスはさておいて、翠剣氏は少なくとも露観以上に会員の幸せ・人々の幸せを考えているのではないかと、私は推察します。
多くの部下・会員が、目指す「幸せ」どころか、逆に不幸になっているようにしか見えない現状を見知るにつれ、露観の生み出したザインの体制・体質に不信感を抱き「これじゃない」と思うようになっていったのは、想像に難くありません。

こうして、旧来のザイン的なものに懐疑を抱きはじめた翠剣氏は、何度も露観や上杉を諌めたのでしょうが、やはりというべきか、彼らが翠剣氏に耳を貸すことはありませんでした。

そうこうしているうちに、週刊FLASHに取り上げられたほか、東京や大阪の店舗のみならず、沼津の社屋からも撤退しなければならない状況に陥ったシリウス。翠剣氏は、組織体制・経営の両面において強い危機感を抱いたものと思われます。

露観と翠剣氏の思想・立ち位置の違い。
その溝は大きくなる一方で、共にシリウスを運営していくことができないほどのものになっていました。

こうして、翠剣氏は「天業古代王朝」を引き継ぎ、露観は離脱。「Σ機関」を立ち上げ、今に至る…というわけです。


【分裂後の翠剣氏の動向】
天業古代王朝を引き継いだ翠剣氏は、以下を実行しました。

・天業古代王朝を「シリウス同胞団」と改名
・位階の廃止
・退国制度の撤廃
・波動巫女制度の撤廃
・義務としての剣制度の廃止
・自らがクリストスであることの白紙化
・自らの思想「天智学」を内部に向けて公開

父・露観がつくってきた組織の慣例を(とりあえずルール面において)大きくぶち壊すこれらの施策は、ザインの実態を知る元会員にとっては驚きでした。
そして、露観の作り上げた体制・慣例に染まりきった現会員には、驚きと大きな戸惑いがあったであろうと推察できます。

対外的には、ザインと関わって精神的・金銭的に苦しんだ(あるいは、現在進行形で苦しんでいる)元会員に対し、その責任を自ら引き受ける意向を示しました。
元会員に対し「これまで頑なに拒んできた対話に応じること」「法に則って(時効の場合はケースバイケースで)金銭的な補償に応じる」旨を公言しております。

父親がやってきたことの結果を、彼なりに重く見てのことでしょう。

これまでザインがやってきたことを総括した上で、組織の代表として謝罪コメントを出すことを表明したのでした。

しかしながら、現在進行形で苦しんでいる元会員の声を直接受け、相当のショックとインパクトがあったのでしょう、自らの認識が甘かったと認識した翠剣氏は、前言を翻して元会員に直ちに謝罪、「露観や上杉を巻き込んでこの問題に決着をつけていく」と表明したのでした。

その後、翠剣氏は露観や上杉と会ったりメールしたり、色々とアプローチしているようですが、露観は上杉を庇い、翠剣氏にブログ削除を要求するなど、全く心を入れ替える様子がありません。嘆かわしいことではありますが「やはり」といったところでしょう。

この一連の変化は、シリウスをより健全な組織に生まれ変わらせようという動きとしては一定の評価ができるものではありますが、今のところ、それ以上の評価を下せるものではない…というのが実情です。

なぜなら、元会員にしてみれば『謝罪以上の具体的な動きがない』からです。そして「ザインの健全化」という視点で考えるならば、現在の会員の様子・現在のシリウスの事業のあり方、これらが全く明らかになっておりません。特に、悪魔営業などの反社会行為に携わり、今もシリウス内に在籍する現メンバーの処遇をどうするか(どうしたか)は、今もって翠剣氏からは言及されておりません。

ザインの現代表が謝罪した…というのは確かに大きな出来事ですが、その一方で、ザイン問題は翠剣氏だけが頭を下げて「はい、OK」と決着するような話ではありません。
まずは現在のシリウスの実情が可能な限り明らかにされること、そしてこの先のシリウスの変化次第で、判断・評価がなされるものであると思います。


【分裂後の小島露観の動向】
Σ機関は、緑姫・上杉をメンバーに加え、構成員は(特に何か変化がなければ)たった3名…という状態です。

シリウスと関わった多数の元会員に加え、息子やこれまでの部下にそっぽを向かれる…という事態。時ここに至って「露観は事実上、ほとんどの者に否定された」といえるでしょう。

活動内容は、外国人向けに英語のスピーチをyoutubeにアップする…くらいしか確認できていません。
昔から露観は外国人への思想の流布を考えていたようですが、今のところ、実際に外国人シンパやカネが集まっているような気配はありません。

また、名称が一時「Σ宇宙魔術軍」であったことから、相変わらず、全く効果のみられない魔術(苦笑)にご執心されていることは想像に難くありません。

現状、あまりにショボすぎるΣ機関ですが、動画の内容をざっくり見ると相変わらずのザイン思想ですので、潜在的な危険性は拭えない…といえます。私としましては、シリウス同胞団同様、関心を持って観察・注視を続けたいところです。



2014年07月27日

今年は夏にもオフやります★元会員有志のオフ会2014夏@東京★

どうも、Riotです。
シリウスのトップの交代、活動方針の大転換など、色々な動きがございますが、それはそれとして…
オフ会の告知でございます。

今年は夏にも、東京にてオフ会を開催する運びとなりました。
喫茶店の個室スペースでお茶しながら、最近のシリウスの激動とこれから、それぞれの今とこれから、など、色々和やかに語り合いましょう♪

日時:2014年8月13日(水)13:00〜17:00
場所:新宿

なお、お申し込みの締め切りは、2日前の8月11日(月)とさせていただきますので、すみませんがよろしくお願いします。

※受付終了しました。


   by Riot


posted by Riot at 22:43| Comment(0) | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

【速報】翠剣氏、元会員に謝罪の意を表明

伯翠剣氏のブログには、私や他の元会員から、多数のコメントが寄せられております。
翠剣氏の立場であれば当然、シリウスに批判的な元会員のサイトやブログなどを今まで目にしてきたことがあるはずですが、それが自分に直接向けられたことがなかったため「どこか他人事」の感覚で受け止めてしまっていたのでしょう。
元会員の声を直接に受け止めた結果、ついに翠剣氏は元会員に謝罪の意を表明したのでした。

私の欺瞞を認めます

これまでトップだった、当時の責任者(露観・緑姫・上杉)の謝罪ではないものの、ついにシリウスは、トップが元会員に対し、その罪を認めて謝罪するに至ったのでした。

ザイン(天業古代王朝)の分裂〜翠剣氏主導の路線変更も大きな出来事でしたが、今回の謝罪は、ひとつの大きな区切りではないかと思います。
こういう言い回しを嫌がる方もいらっしゃるかもしれませんが…「天は、何だかんだで適切な結果を、我々にもたらす」のだな、と、私としては感慨深く思っております。

人によっては、「シリウスの敗北ざまぁw」なんて思う人もいるかもしれません。
何をどう思おうと個人の自由ではございますが、上記リンクの記事をご覧いただければ分かるとおり、翠剣氏は真摯に我々元会員や、これまでの出来事と向き合っており、早速露観や緑姫と直談判する…とのことです。
この覚悟と勇気を振り絞るのは、きっと、誰にでもできることじゃない。
だから、どうか、彼を侮辱するような行為は控えていただきたく思う次第です。

そして、今の流れがどのように帰結していくのか、流れの中で私が為すべきことを為しつつも、真剣に見守りたいと思っております。


なお、今回の動きに関して、当方の見解を述べる前に、翠剣氏の考えやシリウス同胞団の現状を知るために、翠剣氏のブログコメント欄にて、様々な質問をさせて頂いております。

>ローランドさん のコメント欄

質問が多岐にわたる上に、現在のこの状況、お答えいただくには時間がかかるでしょうが、必ずや答えていただけると思いますので、回答を興味深く待ちたいと思います。


2014年07月10日

【速報】翠剣、露観と別路線をいくと宣言

昨日の記事の続きを、近日中に書こうと思ったのですが…
ブログコメントを見てたいそう驚き、とりあえず告知だけでも、と、急いで記事をアップしております。

シリウスの現社長にして、伯壬旭の長男である伯翠剣が、ブログを立ち上げました。
とある学徒の進化論(エヴォリューション)

その中で、父の神文学に懐疑的な立場をとり、
独自の道をゆくことを宣言しております。
一神教と私の思想の違い(その1)

また、その思想は「神文学」でも「神智学」でもなく「天智学」と名づける、とのことです。
神の時代から天の時代へ(天智学、誕生!)

この件につきまして、数日中に、思うところ・考えるところをまとめ、コメントを出したいと思います。
まずはお知らせまで。


2014年07月09日

シリウス(ザイン・天業古代王朝)の動向のまとめと分析(1)

どうも、Riotです。
ここしばらくのシリウス(ザイン・ザイクス・天業古代王朝)の動きについて取り上げるとともに、当方の分析と見解を書き記しておきたいと思います。


■小島夫妻の取締役退任

シリウスクラブでの告知のとおり、5月末日を以て、小島露観・緑姫(伯壬旭・緑姫)夫妻が株式会社シリウスの取締役を退任し、取締役は代表取締役・伯翠剣(小島翠剣)社長のみとなりました。

※むろん、ここに告知されていることと事実は、異なる可能性があります。
現在の登記簿の内容をそのまま公開したものではないため、他の取締役(その中には、悪魔営業を推進してきた上杉魁も含まれる)が引き続き残っている可能性は否定できません。

さて、シリウス側の告知が正しいものとして話を進めると…

今回の役員退任、そして取締役の一本化には、様々な狙いがあるものと思われます。

まずは世代交代ですね。露観・緑姫はそれぞれ高齢で、後継者たる息子にしっかり任せようということです。

この世代交代は、内部においても、翠剣をこれまで以上に「一切の反論を入れずに従うべき絶対者」として扱うような動きがあるのではないか…と想像します。
今までも「皇帝家の子供」「丞相」ということで「応分の礼」がとられてきたでしょうが、今後はさらに「翠剣に従え」という動きが加速することでしょう。北朝鮮のように。
わずかに残っている会員に対して「これには宇宙的な意味がある」「シリウスのますますの発展が確定した」といったトンチンカンな通達がいっていることは、想像に難くありません(苦笑)

また、世代交代により、小島夫妻の指向が色濃いこれまでの経営方針・商品企画をリフレッシュし、より堅実な経営、より魅力的な印象を与える商品企画へとシフトしていく意図があるのではないかと思われます。
ただし、翠剣もシリウスも「神文学=小島露観」の存在が前提にあるため、露観の理論や思想から逸脱したことはできず、もし変化があったとしても、小手先レベルの変化にとどまるものと予想できます。

とはいえ、翠剣に任せるとはいっても、露観・緑姫夫妻は表に出なくなっただけで、これからも強い影響力を隠然と発揮するのではないでしょうか。昔々の「院政」のように。
そもそも、天業古代王朝自体が、現在も小島露観(伯壬旭)がトップに君臨しているであろう以上、その影響力がなくなるはずがないのです。

露観・緑姫が表に出ない…ということは、この二人が表に立ってきた時代にやってきたこと・起こったことへの負の影響力を払拭したい、という狙いもあることでしょう。
「悪魔営業」「報道騒ぎ」「風俗の勧め」など、彼らにとっては消し去りたい出来事であり、それらの出来事が語られるときには、必ず小島露観の名前がついて回ります。その逆もまた然りで、露観の名前が表に出ることは、シリウスの汚点が暴かれる・気付かれることに直結します。
小島夫妻の名前自体を出さなくすることによって、イメージの失墜を防ぎ、今後のイメージアップに繋げていく、そんな狙いもありそうです。

さらに、小島夫妻が取締役を外れることは、裁判の訴追を免れる、そんな意図もあるのではないかと思われます。
もっとも、これまでのDMや過去の判例などを当たれば、小島露観が主導して核石を売り、悪魔営業や風俗の勧めを追認してきたことは明らかであり、取締役を外れたところで訴追を免れることはできないでしょうが。


というわけで、今回の役員人事のシリウス側の狙いについての当方の分析をまとめると、以下のようになります。

1)世代交代の強い推進、翠剣への権限委譲
2)これまでの経営方針・商品企画のリフレッシュ
3)これまでやってきたことによる負の影響を払拭する
4)小島夫妻が、裁判で訴追を免れるため

・ただし、神文学=小島露観あっての小島翠剣・シリウスであるため、変化は小手先のものにとどまる公算が大きい。
・また、小島夫妻はこれからも隠然と影響力を発揮し続けるはずである。



続きます。
当初書こうとしたことを、大きく覆さざるを得ない変化がありました。


2014年05月11日

ヴィヴァ・プリマヴェーラと「希望」について

最近、目立った動きを見せないザイン(シリウス・ザイクス)ですが、「ヴィヴァ・プリマベーラ」という、期間限定の聖品販売企画をやっております。
翠剣社長と雅樂元三氏の対談と併せて、販売サイトを立ち上げていますね。

シリウス・キャンペーン特別号『ヴィヴァ・プリマヴェーラ』

ザイン(シリウス)側の趣旨をまとめると、このような内容でございます。

・現代社会では希望が持てない。色んなところから邪魔が入るため、自分の究極の幸福に向かって迷わず進んでいくことが難しいからである。

・希望とは「自分の究極の幸福の形に近づいていける」という確信である。

・究極の幸福の形は天与のもので、眉間の奥の「命根」に元々入っている。
 だが、そこにアクセスできる人は少ない。

・さらに、命根とハートの間の回路が詰まって分断されているため、人々は希望を感じることができなかったり、希望を持続的に感じることができない。

・したがって、命根を活性化させ、命根とハートの詰まりを取ってあげれば、新しい希望が現われ、希望の達成に向かって前進できるようになり、どんな逆境に置かれても希望を見失うことはない。

・今回の「ヴィヴァ・プリマヴェーラ」という聖品は、命根を活性化し命根とハートの詰まりを除去するために、春の女神オードのエネルギーを入れたものになっている。
また、「希望の開花」というコンセプトにより、希望が花開くように、花をモチーフとしている。


上記のような理屈とコンセプトで、いつものように、パワーストーンを用いたアクセサリーを販売しております。
価格は、安いもので5万円、高いもので17万円と、相変わらずお安くない値段がつけられています。
ちなみに、販売サイトでは、一番高価な「バラ・コレクション(栄華のエネルギー)」が一番上にありまして、儲かってなくてとにかく大きな売り上げが欲しいシリウスの現状が見て取れます。

なお、上記のとおり期間限定で、今月末までの販売だそうです。


シリウスに関わってしまった方からすれば「あぁ、またか」という、散々デジャブな内容ですね。

現代を否定して、スピリチュアルと似非科学を根拠にして、迷える人々を誘引する。
思いつき+過去の焼き直しで、全く練られていない・仕込みが甘い。


(春の女神オード・エレウシスという儀式が、過去にありました)

今までやってきたことを縮小再生産している…と、そんな感じの内容でございます。

ちなみに、販売サイトには…

※この広告文における記述は、シリウスが理論の根拠としている神智学にもとづいての説明となります。科学的な断定を謳うものではございませんので、御了承ください。

という免責事項(事前の言い訳)がしっかりと書かれています。
おかしいなぁ、そこに書かれてる内容は、神智学の範疇を超えた創作が多分に混じってますよね…「神文学」って言葉を使わないのは何故なのでしょうかねぇ(生暖かく苦笑)。


いつものことかもしれませんが、「希望が持てなくなる現代社会」という言葉で、迷える人をミスリードするザイン(ザイクス)って、本当に罪深いなと思います。
今が充実してなくて、様々なメディアの情報に乗せられやすくて、今とこれからをどうしていいのか分からず途方に暮れてる人が、シリウスの謳い文句に共鳴してしまうんですよね。
彼ら彼女らを「未熟」「情弱」「自己責任」と切って捨てるのは簡単ですが、そういう人々を「現代という時代のせいにする」「内的メカニズムのせいにする」ことでミスリードし、搾取し、さらに迷わせることは卑怯な行いだと考えます。


ちょっと冷静になって論理的に考えると…
現代という時代のせいで希望が持てないのであれば、今を生きる全ての人が希望を持てていない…ということになりますよね。
でも現実は、全くそんなことはない。
ちょっと冷静になって世の中を観察してみれば、希望を持って今を生きている人だって、たくさんいます。


希望が持てないのは、現代のせいじゃありません。

希望を心に感じられていない。
そんな自分自身を否定的に見て、気にしてる。
そして、自分と同じような人たちばかりが目に付いてしまう。


ただ、それだけのことでございます。

ときには苦しんだり迷ったり間違ったりしながらも、そんなこんなを踏まえて糧として、今をしっかりと生きる。
その中で、希望って、見えてくる・感じられると思うのです。

しかし、人生がうまくいかない、面白くないのを「時代のせい」「内的メカニズムのせい」にしてしまうと、今の自分ができること・したほうがいいことに目が向かなくなって、今必要な行動をとらないし、その結果を自分で引き受けることもありません。
そんな状態で見える希望は、残念ながら、まやかしで仮初めのものでしかないのです。

いつでも希望でいっぱいなはずのシリウスがなぜか儲からなくなり、東京や大阪、本社があった沼津の店舗も閉めて、裾野の奥に引っ込むに至ったのは、それがまやかしの希望だったからでしょう。(もしくは、小島露観(伯壬旭)に「破滅願望」という種類の希望があった、のかもしれません)

ともあれ、シリウスの提示する理論は空論、そこにある希望はまやかしですので、この記事をお読みになっている方で、今までシリウスと関わったことがなく「ヴィヴァ・プリマヴェーラ」が気になる…という方がもしいらっしゃいましたら、ちょっと一呼吸置いて、もう一度考え直して頂けたらと思います。




2014年04月05日

「信じること、思うこと」について、改めて考えてみる

しばらく前の話になるが、愛知・江南市にある永正寺のお坊さんである中村建岳さんのお話を拝聴してきた。
題して「宗教の仕組みと危険性」。

こちらのブログ(中村建岳さんのブログ)に、要旨が記事化されております

メジャー・新興を問わず、宗教が危険になるのは「信じて上手くいかなかったとき、さらに強く信じることを勧められる」ときだと中村さんは言う。
危険な宗教は、布施し(金を出し)、教えを広め(勧誘し)、迫害に屈しない(身近な人の忠告に耳を貸さない)、そういった信仰の証を立てることを要求する。
そして、強く信じることで、自分が信じるもの以外を否定する『他者否定』、そして自分が信じるものとそぐわない現実を認めず無視する『現実無視』という、2つの問題が発生する…という話だった。

うん、どこかで聞いた様な、体験したような話ですなぁ。

現代の日本では、大半の人々は信仰する宗教を持たず、信仰という行為にどこか精神的に距離を置いている。
その一方で、少なからぬ数の人々が、信じること、強く思うことで、120%の力が引き出され、夢や目標が達成できる、闘争に打ち勝つことができる…と、心のどこかで思っている。
神を戴く宗教こそ広く普及していないが、「精神論」という名の宗教は、その賛否はさておき、多くの人に信じられている(あるいは、反発の対象となっている)。

そう、僕らは、宗教はキライだけど、精神論は何だかんだで大好きなのだ(苦笑)

「思考は現実化する」に代表される成功法則とか、「引き寄せの法則」のような現世利益系のスピリチュアルとかは言うに及ばず、漫画やアニメやドラマなどの娯楽作品とかに至るまで、「強く思うことでうまくいく」という触れ込みに、フラフラと惹かれてしまう。

強い思いって、熱くて、力強くて、何だか不可能を可能にするような気がする。
実際、強い思いをもとに事を成した人の話(リアル・創作問わず)って、すっごくドラマチックだ。

満身創痍でボロボロの死にかけの身体で、第六感を超えた第七感に目覚め、奇跡的で圧倒的な宇宙パワーで、さっきまで一方的にやられてたはずの強大な敵を打ち倒す! みたいな(苦笑)

僕らの人生は、思い通りに行かないことが多い。自分の力が及ばなかったり、何かに・誰かに邪魔されたり、まぁ色々な理由で、思った通りにはいかない。
そもそも、我々の思い自体、日々の生活のドタバタの中で揺らいだり移ろったりする。

だからこそ「強い思いを以て事を成す」ことに、僕らは惹かれるのだろう。

しかし、強く思えばそれだけでうまくいくほど、現実は甘くない。
むしろ、思えば思うほど、それぞれの思いの正しさを主張するあまり、しなくてもいい争いを引き起こしたり、思いが高じて空回りしたり、目の前の事実を冷静に振り返り検証することができなくなったり、してしまうことが多いのだ。

こういう「精神偏重主義」の弊害って、ホント、ザインとか宗教とかに限ったことじゃない。
ビジネスとか、スピリチュアルとか、果ては日々の生活に至るまで、自覚のないままに「うまくいかないのは、気持ちが足りないからだ!」と思ってしまってる人、けっこう多いのではなかろうか。

例えば「寝坊するのは、起きようとする気持ちが足りないからだ!」とか「勉強に身が入らないのは、やる気がないからだ!」とか。

これ、ごくごく当たり前なことを言ってるようだけど、実際は、前者の場合「早く寝ていない」「目覚ましをかけ忘れた」とか、後者の場合「疲労で集中できない」「勉強以外の目先の楽しみに気をとられている」とか、そういった明確な理由がある。
それを安易に精神論で片付けようとすると、現実を把握して対処することが、思いっきり疎かになってしまうわけだ。

「早寝する」「目覚ましを2つセットする」「おめざを用意する」といった対処法をとらずして「起きる気がない」で済ませるのって、すっごく滑稽で愚かなことだと思う。
その一方で、精神論って、一見まっとうなことを言ってるように思えてしまう。そこがとても怖い。

まぁ確かに、何かを信じること、強く思うことは、時として大きな力をもたらす。
しかし、それって、意図して信じたり思ったりする、そういう種類のものではないんだよね。

例えるなら、特に好きでも嫌いでもない、接点があるわけでもない異性を「私はこの人を好きになる、好きになる、好きになる!」と強く思ってみても、ちっとも好きにならないのと同じことだ。
そんなことをしても、心はときめかないし、ドキドキもしないし、この人を大切にしたいという気持ちにもならないもんね。

信じようとする、意識的に強く思う、そういう意図的な行為を超えたところに「信じること」「思うこと」の力と素晴らしさがあるんじゃないかな、と僕は思う。

posted by Riot at 22:35| Comment(4) | 徒然語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

うんざりするほど、やる。

うんざりするほど、やる。

いわゆる成功者と呼ばれてる人は、うんざりするほど行動と反省を積み重ね、社会的な成功を勝ち取ってきた。
僕らの日々の仕事でも、うんざりするほど仕事を積み重ねることで、スキルアップしていく。
受験勉強なんかでも、うんざりするほどの学習量をこなすことで、難関大学に合格できる。

「うんざりするほど、何かをやる」ことで、何かを得られる…というのは、この世の真理…なのかもしれない。

それを踏まえて、僕らの卑近な日常生活を思い返してみると…

僕らの日常は、うんざりすることで満ち溢れている。
日々の出来事にうんざりし、聞き分けのない他人にうんざりし、思うようにいかない結果にうんざりする。

確かに色々とうんざりするんだけど、それが高じたときに、人は「このままじゃいけない」と本気で思うようになって、パラダイムシフトが起こる。
今までの自分をかなぐり捨てて(手放して)、これまでとは別の考え方や方法を取り入れようとするんだよね。

そう考えてみると、うんざりするっていうのも、そう悪いことばかりではないようだ。
うんざりは、「今のままではいけない(楽しくない、心地良くない)」って本気で思う原動力であり、そこに至るまでの大切なステップであるから。

頭と精神が色々と捻じ曲がってる風なアンチクショウも、そんな自分自身に心底うんざりするまでは、きっと「本人が心底うんざりするまで、そういう人格でい続ける」修行と努力の真っ最中なのだ。

色々とアレな馬鹿野郎も、成功者も、受験生も、日々の仕事に臨む我々も、社会的な評価は置いといて

「うんざりするほど、何かをやっている」

点においては等しく立派で、ある意味ストイックですらある。

そう考えると、腹が立って仕方がない馬鹿野郎も、立派な修行僧の如く見えてくるから不思議だ(^^;

そんなわけで…
今これから、何を、うんざりするほどやりましょうか?^^

※追記
この文章は、小島露観やザインがこれまでにしてきた「行為」を許そう…という意図で書いたものではありません。
それは許さない、絶対に。
だからこそ、僕はこのブログやサイトを続けているのです。
あらぬ誤解を招く可能性があると思い、念のために追記いたしました。

posted by Riot at 21:17| Comment(7) | 徒然語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月17日

例外に目を向け、踏まえることの意味と大切さ

ちょいと厳しい内容になるけど…
木坂健宣さんのメルマガで、ウンウン頷ける記述があったので引用してみる。

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1.「脱バカ・脱大衆」するための第一歩は、個人的な好き嫌いと
客観的な価値・評価を分離する訓練です。

2.そして次に、客観的に対象を「理解」する努力を徹底して
行うこと。

3.そうすることで自分の中に「価値の基準」が作られてきます。
これは「価値観」というものから主観性を抜き取っていった、
判断の尺度になる重要な道具です。

4.これができてきて初めて、自分の人生を自分で決断して、
つまり自分として生きていくことができるようになります。

5.それができない「大衆性の強い人」は、総じて人生の満足度や
幸福度が低い傾向にあるので、是非その負のスパイラルから脱して、
自分が望む人生を生きられるようになりましょう。


-----------------------------------------------------------------

えっと、つまるところ…
いわゆる「他人から見てバカに見える人」(かつてザインにハマッていた僕らとか、そうやね)っていうのは、個人的な好悪の感情と客観的な価値・評価が一緒くたになっている。

だから、自分の信じるものや好きなものに執着し、嫌いなものを叩きたがり、客観的な事実になど目もくれなくなってしまうんだね。

自分の好き嫌いだけで物事を判断し意見を言うから、他人の話を聞けずぶつかり合い、傷つけたり傷つけられたりする。
自分の思ってることだけに意識を向けているから、実際のところどうなのかに着目できず、自意識を過剰に膨らませたり、不安とか怒りとかを深めたりしていく。
客観的な事実を確認することを拒み、怠るから、人から騙される。

さらに、それがあまりにも度を超すと、人語を使い一定以上の知的レベルを持ち人語を解しながらも、人の話を撥ね付け、馬耳東風で聞き流し、右から左に受け流し、客観的事実よりも気分や感情を圧倒的に重んじて生き、知的交流がえらく困難な「エモーショナルモンスター」になってしまう、と。(ロカンさんみたいにね)

僕は常々「例外の存在を頭に置こう、例外について考えよう」と言っているのだけれど、言い換えれば

「自分の主観を離れて、客観的に対象を観察・理解しようよ」

ということだ。

一部の人がカンチガイしてるようだけど「自分の主義に反する例外を認め、受け入れよう」(=みんな違って、みんなイイ♪)という文脈ではないんだね、

自分の主観に固執せず、

様々な立場の主観や客観的事実の集合体である「現実」を受け入れ、

それを踏まえた上で、
自分の意見やモノサシを自分の中に育てていこう、

ということなんだ。

まっ、簡単ではないけれど。
僕もその道程の最中だけれど。

「自分の中の主観と客観」を注意深く意識して普段の自身の言動をチェックしてみたり、主観を離れて対象や状況を観察するよう心がける価値は、大いにあると思う。




posted by Riot at 00:00| Comment(8) | 徒然語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月16日

小島露観の「動機」〜「ザイン後の自分たち」を考える

先日、ある元会員さんとの間で「小島露観は、革命を本気で志していたのか?」「そもそも、小島を突き動かす動機は何だったのか?」という話になり、ちょっとした議論をした。

かつて小島は「昔、野山を散策して触れ合った自然が壊されることに怒りをもった」とか「悪平等の民主主義が許せない」とか「大和魂を復興させる」など、革命を志した動機を声高に語っていた。小島の口からそのように熱く語られた動機を信じ心惹かれて、自分たちはザインに入ってしまった、だから自分やザインを見つめなおすために、小島の真の動機について考えてみたい、という趣旨だった。

小島が革命を志した動機は、小島自身が語ってきたものだけでなく、小島を観察して推理できるものも含めると、様々なものが考えられる。

・民の幸せを考えているようで考えられていない、民主主義の衆愚政治的なペテンさへの怒り。
・自らが駆け回った野山が切り開かれ、ゴルフ場になっていく、そんな自然破壊への怒り。
・優秀な兄をはじめとする周囲への劣等感と、「認められたい」という承認欲求。
・小島の精神疾患の疑い(あくまで疑いの域を出ない)。

なるほど、どれももっともだと思える視点だ。
いっそのこと、全て正解にしてもいいくらいだ。

しかし、ちょっと見方を変えてみると…

民主主義に対する反論をやりたければ政治活動をすればいわけだし、自然破壊に腹を立てるならグリーンピースみたいな活動をやればいい。
誰かに認めてほしいからといって皆がこんなことをするわけじゃないし、精神疾患になった人が皆「実質上のカルト教祖」になるわけじゃない。

つまり、僕が何が言いたいかというと、このような形で語られる動機というのは突き詰めてみると「不確かなもの」だということだ。
せいぜい「引き金」「きっかけ」「背景」程度のものであって、それが本当に動機かどうかは、確かめる術もない。

人の心を突き動かし行動に駆り立てるものって、ロジカルな動機じゃなくて、ハッキリと言葉にできない衝動ではないだろうか。

例えば恋愛。
僕らが誰かを好きになったとき、そこに「明確な動機」なんて存在しない。
「この人いいな♪」と思うきっかけとか、「この人と思いが通じ合えるな」って感じる背景とかがあって「好き」という感情が生まれるのは確かだけど、それらは「好きになる動機」とは違うものだ。
人を好きになる上で「好きになるための理由」なんて存在しない。好きだから好きなんだ、何か文句あるか、とまぁ、そんな感じだ(苦笑)

小島露観の「革命」も、突き詰めれば、それと一緒なのではないか。

革命したいから俺は革命するんだ。
やりたいから剣を振り、パワーストーンを売り、魔法の儀式をやるんだ。
何か文句あるか?

と、こんなところだろう(苦笑)

確かに小島自身がそこに至るきっかけは色々あったかもしれないが、革命を志すこと自体には明確な理由など存在しない。
僕らが誰かを好きになる気持ちに理由がないのと同じく。

その理由なき衝動に突き動かされるように、小島は街宣をぶち、核石を売り、なんちゃって剣法でセカイに日々立ち向かい、エロ儀式を開催し、日々思ったことを「神文学用語集」として垂れ流してきたのだ。

…となると、考えるべきはきっと「小島の動機」じゃない。
動機というものが「言語化できない衝動」である以上、いくらそれについて考えても答えなんて出ない。
言葉として語られる動機なんて、あくまでも「後付けの想像や理屈」でしかないのだ。

少し厳しいことを言うけれど…
不幸にもザインに関わってしまった元会員が「小島の動機を考えたい」と思うとき、考えるべきはきっと、小島の動機そのものではなく、「小島の動機を知ろうと思う自分自身」なのだと思う。

僕ら元会員の多くは、当時は「小島が正しい」と心から信じ、ザインに関わってきた。
だからこそ、それが裏切られたことへの心の整理をつけることは難しい。

それ故に僕らは、小島の動機を知りたい、知って自分を納得させたい、と、そういう思いが涌いてくるんだよね。

他にも…

小島やザインに怒りを覚えながらそれを表に出さず、淡々と日々を生きる人。
小島や幹部への怒りを隠さず、ザインを熱心にバッシングする人。
当時のザインの理想の正しさを、信じたいと思う人。
騙されたと頭では分かっていても「騙された」とは思いたくない人。

色んな人がいるけど、それぞれに「信じてたものに裏切られた痛み」や「自分が間違っていたと思いたくない痛み」を抱えているのだと思う。

こうした心の痛みは、多くの場合、客観的に見つめて言語化することがとても難しい。
それ故に、僕らは知らずのうちに迷い、煩悶するのだ。

だが。
それでも。
僕らはいつまでも「漠然とした心の痛み」を抱えたまま、同じところをグルグルするわけにはいかないじゃないか、と思うのだ。

色んな状況の人がいるから、押し付けるわけにはいかないけど…

僕らは、どっかのタイミングで、踏ん切りをつけて、

「生きていると、ときどき、ひどい裏切りをする人と出会う」
「人は、ときどき、大きく間違うことがある」

ことを、素直に受け入れ、認めることが必要なんじゃないかな。

世の中のひどい現実を受け入れ認めることは、僕らが心に抱いていた理想を捨てたことにはならない。
むしろ、そこから「理想を現実にするための思考と行動」が始まるのだ。

自分自身の至らなさを受け入れ認めることは、愚かであることの証明にはならない。
むしろ、至らなさを具体的なレベルでハッキリと認めることや、人が間違いを犯すことを織り込むことは、賢さの表れだといえる。

なのに、僕らは心が痛むと、そのあたりを錯覚して

「裏切られるのは辛いことだから、人を信じないようにしよう」とか
「騙す奴が悪いんだ! 絶対に許せない!」とか
「騙されるのは愚かなことだ、そんな自分が許せない…」とか

真っ先に反射的にそう思ってしまうものだ。
そう思うこと自体は人として自然な感情だし、いいも悪いもないと思うんだけど…そういった感情が高じるあまり、僕らはしばしば、心を閉ざして現実をシャットアウトしてしまう。
そうして、無意識のうちに、現実を受け止め、受け入れ、自他を広く観察することを、拒否してしまうんだよね。

とはいえ、小島の動機を考えること自体が、全くナンセンスであると決め付けるつもりもない。
そうやって考えることで、自分が納得できて、次のステップに進めるなら、それもいいと思う。

でも、それはそれとして、もっと本質的なところで…

ズルい人、裏切る人は確かにいるから、大事な判断をするときは気分や感情で軽率に決めない。
裏切られることは辛いことだから、自分は「裏切られた」と人から思われるような真似をしない。

騙す奴も、騙される自分も、それぞれに間違っていて、どんな人でも時々はそういう過ちを犯す。
だったら、これから何に気をつければ自分は、そういう過ちを犯さなくて済むのか、考えてみる。

…と、こんな風に、これまでの出来事、これまで体験してきた現実を踏まえつつ、「これから」に目を向けていければ、いいんじゃないかなぁ、と思う。

だって、僕らに必要なのは「後ろめたく恥ずかしい過去」という足枷ではなく、「これからどうするか?」という未来に向けた見通しなのだから。

僕らみんながそれぞれに、少しずつ、少しずつ、ザインに関わってしまったことで抱えた心のモヤモヤを「これからを考え、行動していく」という形に昇華していけたら素敵だね。


posted by Riot at 03:12| Comment(2) | 徒然語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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